「レンガ」がローマを作り、「鉄」がアメリカを作った『世界建築史15講』
アーチ建築技術の基礎をなすレンガは、土を素材とする。
土は、地上のどこにでもある。
だから、植民都市のいかなる場所でもローマを実装できた。
ローマが大帝国となった理由を、政治や軍事に求める人は多いが、「ローマとはレンガの帝国である」という着眼に、頭ガツンとやられた。
植民都市に送り込まれたエンジニアが、そこの土を素材とし、レンガを作り、レンガを積み上げ神殿を建て、都市をつくった。道路が舗装され、水道が引かれ、インフラが整備された。紀元後には、石灰由来のセメントと切石を骨材としたコンクリートが発明され、文字通りローマ帝国の礎となった。
歴史を振り返るとき、一般に、国家や王朝の盛衰や、社会や文化の変遷を思い浮かべる。
しかし、そうしたフレームを捨て、「建築」という視点で見直すとどうなるか? これを成し遂げたのが本書になる。「建築の歴史は人類の歴史である」という立場のもと、15の講義+15の補講、合計30の視点から振り返ると、まるで異なる「世界史」が立ち上がってくる。
「鉄」がアメリカをつくった
たとえば、「大地」との関係性からとらえたアメリカ合衆国は、まったく別の一面を見せる。
広大な土地があるにもかかわらず、アメリカの建築は「上」を目指す。アメリカにおける超高層ビルの歴史を紐解きながら、高層ビルの建設を可能にした「鉄」に着眼する。
摩天楼を実現する鉄鋼はどこから来たのか?
本書では、シカゴとニューヨークの高層都市建設を例として、北米大陸における両都市の位置が重要だという。古生代レベルで振り返ると、北米大陸東海岸は、カレドニア造山地帯に重なる。カレドニア造山地帯は、縞状鉄鉱床を多く含み、そのまま鉄の生産量につがなる。
シカゴとニューヨークは、生産された鉄と、それを運ぶ交通網とセットで発達したという。鉄鉱床は19億年前には生成を終えており、新しい鉄鉱床はほとんどない。つまり両都市は、その地の利から、目指すべくして上を目指したのだ。
土地との関係性からマクロに眺めると、ローマがレンガの帝国であるように、アメリカは鉄の帝国ともいえる。
都市住宅システムとしての中庭式住居
いっぽう、ミクロの、「都市住宅システム」という観点から眺めると、環境や文化を横断して、驚くほどの普遍性を見ることができる。
人がそこに住み生活する「住宅」は、気候や地形、家族や生業、社会や信仰といった様々なものに影響される。
しかし、人口が密集する都市部に着目すると、ある共通的な特徴が見えてくる。都市部では、熱、光、音をどう制御するかが課題となる。様々な住宅モデルが考案されるが、最適解は「中庭式住居(コートヤードハウス)」になる。
中庭式住居は、都市の集住状態において、通風や自然光を確保する住居形式であり、古今東西の至る所に見られる。都市文明発祥の地とされるメソポタミアの都市遺構、エジプト文明、インダス文明のモエンジョ・ダーロ、中国の四合院やギリシャ・ローマの都市住居の基本も、中庭式住居というのだ。
言われてみれば、金沢を訪れた時に立ち寄った坪庭、愛知のリトルワールドでランチしたパティオ風の庭園、どれも「人が集まって住む場所」における、通風と採光を確保する空間だった。呼び名が違うだけで、住居システムという観点からすると、同じ役割を担っていたのだ。
ありがちな「世界史」観からの脱却
他にも様々な建築の視点から世界史を見る。
いわゆる、欧米を中心とした世界システム論すらも相対化してしまおうという野心的な面も備えている。「海外神社はいくつ作られたか?」という観点から日本の影響力だけでなく神社の機能性までも論じたり、「遊牧民の移動式住居(パオ)が、古代のドーム型建築の発生に一因した」論文など、それだけで一冊になる。どれも濃密かつユニークなり。
建築という面から、世界史が違って見えてくる一冊。
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