映画『ニューヨーク公共図書館』を観たら、未来の図書館が見える
フレデリック・ワイズマン監督『ニューヨーク公共図書館』を観てきた。ニューヨーク公共図書館(NYPL)そのものを主役とし、そこに集う人々を丹念に描いており、ものすごく贅沢な3時間が、あっという間だった。
図書館を超えた図書館の姿を眺めているうちに、「図書館とは何か?」についての具体的な回答と、その回答から導かれる未来の図書館が見えてきた。
図書館とは何か
「図書館とは何か?」について持っているイメージは、この映画によって覆るかもしれない。静謐な空間で賢そうな人が本に没頭するといった静的な姿がある一方、大盛況の就職セミナーや講演会、パソコン教室、低所得者への支援といった動的な面が際立つ構成となっている。
そうした営みを見ているうちに、図書館とは、ただ本を集めて貸し出すだけの場所ではない、ということに気づく。
NYPLに集う人は、様々な「知りたい」ことを抱えてくる。面接でどうふるまえば合格できるか知りたい、ネットの情報を手に入れたい、移民局の資料から祖先をたどりたい……そうした「知りたい」についてサポートする、それが図書館なのだ。本を集めて提供するのは、図書館の目的ではなく、手段なのである。
「図書館とは何か?」について、本編で明かされている。プロジェクト会議で建築デザイナーが、「図書館は人だ」と断言する。図書館は、ただ本を集めた書庫ではない。知りたいことについて一生かけて学ぶ場所だという。
本を集めただけでは、「知りたいこと」へたどりつける保証はない。「検索すればいい」というが、どの言葉を検索すればいいか、みんなが分かっているとは限らない。さらに、キーワードがおぼつかないのであれば、検索結果が正しいのか、検索結果が全てなのかすら分からない(ソクラテスの探求のパラドクスやね)。
「知りたいこと」へたどりつくためには、学ぶ人と、学びを手助けする人がいる。図書館には本が沢山あるが、本だけがある場所ではない。たまたま本というメディアが多いだけで、その本質は、「知りたいこと」と人を結びつける場所が、図書館なのだ。
インターネットと図書館
そして、いまやネットの時代だ。
「知りたいこと」のかなりの部分は、インターネットで手に入る。いや、ネットですべて完結し、本なんて開く必要すらないかもしれぬ。あるいは、デジタル化された本を自宅から「借りる」ことだってできる。建物としての図書館や、物理的な本は、ネットに浸食され、不要になるのではないか?
この疑問に対し、NYPLは明確に応える。
まず、「知りたいこと」と人を結びつけることが図書館であるなら、その手助けとなる電子本やネットはどんどん活用すべし、というスタンスをとる。
幹部会議で予算の割り当てが象徴的だ。紙の本とデジタルの本、どちらに重点を置くべきかが議論になる。「デジタルの本の貸出は前期の300%です」という報告を受けて、デジタルライセンスの購入に大きく割り当てる。
さらに、「ニューヨークの300万人はデジタルの暗闇にいる。その人たちにインターネットアクセスを広げる」と宣言する。具体的には、図書館のネット端末の充実はもちろん、低所得者へルータを格安で貸し出すところまでする。ネットを最も必要としている人は、ネットに接続できない人なのだ。
この試みが政治家の目を引き、福祉対策として評価され、NYPLの予算が増額され、継続的に行われるようになる。図書館が社会を動かした事例である(という話だったはず……違ってたらご教示ください)。
未来の人が知りたいこと
「知りたいこと」と人を結びつける場所が図書館であるなら、未来の図書館が見えてくる。すなわち、未来の図書館は、未来の人が「知りたいこと」と人を結びつける場所になる。
では、未来の人が知りたいこととは何だろう?
すでに起きている未来としては、超「超高齢化社会」だ。
そこでは、医療情報へのニーズがさらに増えるだろう。しかし、「がんが消える」エセ医学の氾濫により、正確な医療情報へのアクセスが難しくなっている。本だけでなくネットも同様だ。高齢者やその家族は、膨大な情報を前に途方にくれた挙句、SEO対策ばっちりのイワシの頭を拝まされることになる。
現在、図書館のリファレンスでは、医療関係の相談は不可となっている。直接的な質問への回答は難しいとしても、ライブラリーという形で見せるのはできないだろうか?
たとえば、医療機関に委託することで、良質な医療情報を「本のリスト」として示す。あるいは、そうしたリストの本を集めた書棚を展示するのもいい。本だけでなく、信頼できるネット情報も選んでもらう。情報はどんどん古くなるため、一定期間で更新をかけてゆく。
つまり、図書館に行くことで、スクリーニング済の情報が手に入るのだ。NYPLのように、図書館が単独で活躍する必要はない。図書館は、医療機関と連携して、「知りたいこと」と人を結びつける場所として振舞う。個人が行っている例としては、[一般市民も使える医学図書館]がある。このポータル的な役割を担うのだ。
未来の図書館
上記は、わたしのジャストアイデアにすぎぬ。だが、未来の図書館の一つとして提案したい。
映画を観ることで、図書館の本質が見えてくる。「日本にはNYPLがない」と徒に嘆くのではなく、「図書館は、知りたいことと人を結びつける場所」という本質から考えてみよう。すると、いま抱えている「知りたいこと」に応じて、さまざまなアイデアが湧き出してくるに違いない。
それこそが、未来の図書館なのだ。

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コメント
「未来の人が知りたいこと」の部分、わが意を得たりです。私は「一般市民が使える医学図書館」の作者です。紹介していただきありがとうございました。(更新の責任を感じます・・・)
また、Dainさんの「スゴ本探索」もポータル的役割の試みと理解させていただきました。
投稿: 下原康子 | 2019.07.23 11:16
>> 下原康子さん
おお! 「一般市民が使える医学図書館」の中の人ですか、コメントありがとうございます! 赤い★印の情報は参考にさせていただいております(医中誌Webはここで知りました)。
でもこれ、メンテナンスが凄く大変だと思います(個人レベルではないと思います)。選別された医療情報へのニーズは高いため、公的機関でやってもらえたらなぁ……
投稿: Dain | 2019.07.24 20:35
Dainさま
医学図書館サイトについては更新(年1回ていど)のたびに、医学図書館員MLに発信してご意見、ご指摘などをお願いしています。
医学情報に関しては「選別された医療情報」に先立って「オリジナル文献」の公開が重要と考えています。
以下、2004年の記事ですが、医中誌Webの無料公開はいまだ実現ならずです。
http://shimohara.net/nitona/kiseki/watashinoshiten.htm
投稿: 下原康子 | 2019.07.27 16:47
>> 下原康子さん
確かに! オリジナル文献こそが、選別された医療情報の確からしさを支えていますから。わたしの場合、近しい人がギラン・バレー症候群に倒れたとき、日本語の文献で適切なものが見当たらなかったため、海外のサイトを渉猟しました。
https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2007/02/post_7e56.html
今なら、医中誌Webのデモ版で検索して(63件ありました)、下原さんのリンク先の「医中誌Webを使える公共図書館」に走るでしょう。
これ、知ると知らぬとでは、ものすごく大きく違ってくると思います。治療法を変えるとかいうのではなく、医師から受けた説明や投薬について、【自分で】安心できる、という点においてです。
……と、ここまで書いてきて気づいたのですが、これ、ビジネスになるのでは……!
投稿: Dain | 2019.07.28 10:39
司書必読書「アンビエント・ファインダビリティ」が私の住む市の公共図書館に所蔵がなくて残念!
医中誌Webのインターネットで無料公開(PubMedのように)が今も昔も私の願いです。
投稿: 下原康子 | 2019.07.29 09:45
>> 下原康子さん
医中誌WebがPubMedみたいになったら最高ですね!
誰もが簡単にスクリーニングされた情報にアクセスできることで、自分が受けている治療や投薬について、より安心が得られる社会になると確信します。
投稿: Dain | 2019.07.31 21:14