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『会計が動かす世界の歴史』はスゴ本

 シャーロック・ホームズの金銭感覚や、ダーウィンの資産活用から、会計と革命の意外すぎる関係、複式簿記から解き明かす知性の進化など、歴史を縦横に行き交い、ミクロからマクロ経済まで自在にピントを合わせながら、人類の歴史を損得の視点から紐解く。

Kaikeiga

 パッケージから、最初は「簿記の歴史」や「会計の世界史」という印象を持った。だが、本書の焦点深度はもっと広い。そして、めちゃめちゃ面白い。これは、お金と人との関わり合いをドラマティックに描くだけでなく、それを通じて「お金とは何か」ひいては「価値とは何か」についても答えようとしているからだ。

「お金」が人を作った?

 誤解を恐れずに言うと、「お金」が人を作ったといえる。

 逆じゃね? と思うだろう。壱万円札を作ったのは人だし、その紙に「壱万円分の価値がある」(ここ重要)と信じているのは人だから。なぜ壱万円に壱萬円分の価値があるかというと、壱萬円の価値があるとみんなが信じているから。この「みんなが信じる価値」がお金の本質である。

 そんな「価値」みたいな概念ではなく、金や銀といった貴金属がお金じゃないの? という疑問が出てくる。本書では、お金と人の歴史を振り返りながら、「みんなが信じる価値」と「お金」の関係に迫る。

 たとえば、スペイン帝国がもたらした価値革命の例をあげて、金銀はお金というよりも、お金を計るためのモノサシだと答える。植民地化した中南米から大量の銀が持ち込まれた結果、銀という通貨の供給量が増え、大規模なインフレが発生する。すなわち、ヨーロッパでの銀に対する「みんなが信じる価値」が下がったのだ。

 あるいは、最古の金融バブルと呼ばれているオランダのチューリップ・バブルや、詐欺師ジョン・ローが引き起こしたミシシッピ・バブルの話をする。彼が作り出した「利子付きのお金」は、良い意味でも悪い意味でも応用が利くだろう。欲望が欲望を生み、「みんなが信じる価値」が膨らんで弾けた出来事だ。

 面白いところをつまみ食いするだけなら、[ペペラのバブル物語]を読めばいい(めちゃくちゃ面白いゾ)。だが本書では、「なぜバブルが弾けたのか」という問いを立てる。ありがちな「みんなが現実に目覚めたから」ではなく、「なぜ現実に目覚めたのか」という視点から、生々しい理由を炙り出す(p.173の解説は、あらゆる先物取引(の損切タイミング)に応用が利くだろう)

なぜ文字より先に簿記が生まれたのか?

 本書が類書より優れているのは、さらに「みんなが信じる価値」の先へ踏み込んでいるところだ。サブタイトルの「なぜ文字より先に簿記が生まれたのか?」の秘密はそこにある。

 紀元前4千年までさかのぼる。最初の簿記はメソポタミア文明の「駒」だという。トークンと呼ばれる、粘土製のおはじきのようなもので、穀物や家畜を表していた。トークンは現実の羊やパンと1対1で対応し、税の取り立てや財産管理に使われていたという。

 紀元前3千年にイノベーションが起き、トークンそのものではなく、粘土板にトークンを押し付け、型を記録するようになる。現実と同数同種類のトークンを用意する必要がなく、トークンを現実の数だけ押し付け、粘土板を管理すればいいようになる(簿記の原型)。そして型押しが簡略化され、粘土板に溝を彫るようになったのが文字の誕生になる。

簿記に隠された進化の鍵

 そして、簿記の歴史を紐解きながら、「みんなが信じる価値」の本質に迫る。

 興味深いことに、粘土板から始まりルネサンス期に完成した複式簿記と、独自で発達した日本の簿記と、似たような構造をしているという。つまり、勘定科目を借方と貸方に分けて記載し、貸借を一致させるという構造だ。

 あたりまえだろ? 誰かにとっての「借り」は、その相手にとってみれば「貸し」になる。千円借りたら、千円返さないと。ここに時間の概念を入れると、利子や償却といった要素が必要になるが、簿記の基本は、「貸し」と「借り」が一致することにある。

 しかし、この「あたりまえ」こそが、ヒトを人たらしめた原因だというのだ。

 社会的動物であるヒトが、そのコミュニティの中でうまくやっていくためには、個体を分別し、その個体が自分にとって得となるか損となるか判断する必要がある。仲間だから協調する部分もあるが、食物や異性の取り合いとなることが出てくる。

 つまり、裏切ったり裏切られたりする関係性を続けながら、うまく生き延びる必要がある。場合によっては、自分に有利なときでも、仲間に恩を売ったほうがトクになることが出てくる。この協力と裏切りの駆け引きの中で、知性すなわち脳は進化していったという(これを[マキャベリ的知性仮説]と呼ぶ。以前の記事で、イカの脳についても同じ説が展開されている[頭足類の心を考える])。

 その中で重要なのは、身近な仲間を判別し、それぞれの「貸し」「借り」を理解し、記憶していくためには、高度な知能が必要となる。現代では、お金を貸したとき「貸付金」として登録しているが、昔は「貸した人の名前+金額」で債権を記録していた(人名勘定)。つまり、簿記の基本構造の中に、知性の進化の秘密が隠されているといえる。

「お金」の本質=譲渡できる信用

 誰かに「貸し」を作ったら、それを報酬として受け取れるのは、返してもらえると信用しているから。以前に「借り」たものを返すのは、それをしないとコミュニティでやっていけないから。

 そのための約束ごとが、「みんなが信じる価値」すなわちお金になる。時代によって、それは貝殻だったり金銀といった貴金属、あるいはデジタルデータとして計られるが、その計られる対象である信用が、知性を進化させたのである。

 会計という視点で人類史を斬ると、その断面にお金の本質が見える。18世紀イギリスの産業革命を経済現象として読み解いたり、未来の通貨と呼ばれる仮想通貨の構造的な弱点を明らかにしたり、盛りだくさんの内容となっている。

 愚者は自分の経験から学び、賢者は歴史から学ぶという。さらに、歴史を通じて現在の問題を理解することができる。「会計」という斬り口から歴史を眺め、伏線と謎解きを張り巡らし、極上のミステリに仕立てた一冊。

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