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物語を書く「前に」知るべきこと『工学的ストーリー創作入門』

 もちろん葬った原稿が沢山ある。

 うぬぼれ&創作欲に突き動かされ、勢いだけで書き始め、そのうち行き詰まる。なんとなく良くないのは分かるが、それが人物なのか構成なのかシーンなのか分からない。描写を直すと人物が色褪せ、シーンを変えると構成が崩れる。結果、原稿を書くたびに一からやり直すハメになる。最後まで書き上げられるかは運まかせで、最後まで行けた試しがない。

問題は書く「前に」ある

 これは、やり方が間違っている。何年かけても完成しない。『工学的ストーリー創作入門』を読まなくても知っていたが、本書でとことん思い知らされる。わたしの努力は無駄ではないかもしれないが、非常に効率が悪い。問題は、書くことそのものよりも、その「前に」存在している。

 『工学的ストーリー創作入門』(Story Engineering)は、物語を書き始める「前に」知るべきことを整理するだけで、ストーリーは工学的に作り上げることができるという。しかも「売れる」物語を、である。Rootport 師匠が読んでいたので気になって手に取ってみたら、これが正解だった(ありがとう!)。

スティーヴン・キングの方法は間違っている

 著者によると、わたしの書き方は「パンツィング」と呼ぶらしい。スティーヴン・キングの書き方と同じで、「アイデアが浮かんだらとにかく書け」というやり方である。勘と経験を頼りに即興で書くやり方で、練りながら書き、必要とあらばイチから書き直す。

 この方法は、キングのようにストーリーの型や機能、構成を熟知していてこそ可能で、非常に効率の悪い書き方だという。さらに即興で書いた原稿を直して仕上げる鉄の意志が必要になる。スティーヴン・キングの『書くことについて』は、未来の天才のための覚書きと考えた方ががいい。生存バイアスに従って凡人がマネをしても無理というもの。

物語の工学論

 ストーリー創りは抽象的で、「とにかく書け」「キャラにしゃべらせろ」「オリジナルの文体で」といったTips的なネタの寄せ集めになる。本書は、そうしたネタの核心を体系的に衝いており、「これさえ押さえておけばOK」という型を打ち出す。いわば物語の工学論であり、売れる物語はすべからくこの法則に則っているといっていい。

 『物語工学論』といえば同名の新城カズマの著作がある。物語の創作において、必ずしも独創性やオリジナリティが求められるわけではない。ある種の型を元にマイナーチェンジをすることで、創りあげることができるという。

 『物語工学論』では「物語=キャラクター」に特化している。物語の構成をキャラクター類型ごとに分け、そこから再生産する方針だ。キャラに限定されているとはいえ、物語をエンジニアリングできるという発想は素晴らしい。一定のプロセスと構成を経て、物語を創造することは可能なのだ。

物語の構成を視覚化する

 物語構成を視覚化する一助として、大塚英志『キャラクター小説の作り方』が役立つ。あらゆる物語を動かす原理として、「主人公は何かが"欠け"ていてそれを"回復"しようという"目的"を持っている」がある。そして、この目的に向けてどのような情報を出し入れすれば良いかは、物語の構成を視覚化することで確認する。

 その方法は、「カード&プロット法」になる。ワンシーンにつき一枚のカードを用意し、プロットを記入する。そして、カードを時系列に並べ、伝えるべき情報や伏線、シーンの重複などをチェックし、カードを増減するのだ。これは、お気に入りの小説や映画をカードに分解することで、物語構成を視覚化することができるという利点もある。

ストーリーを成立させる6つの要素

 『物語工学論』ではキャラクター類型、『キャラクター小説の作り方』では物語の構成を紹介した。『工学的ストーリー創作入門』はこれらを包括して、トータルとして何を、いつ、どのレベルにまでするべきかが解説されている。本書によると、ストーリーの本質は「コンセプト」「人物」「テーマ」「構成」の4要素になり、「シーンの展開」「文体」の2つによって成立する。ざっくり紹介すると、次のようになる。

  1. コンセプト : ストーリーの土台となるアイデア。「もし~だとしたら?(what if ?)」という問いで表すとはっきりする。その問いの答えが新たな「what if ?」を生み、枝分かれして層を作る。いろいろな選択や問いへの答えが集まってストーリーになる。
  2. 人物 : ストーリーには主人公が必要。読者に好かれなくてもいいが、感情移入できるように設定する
  3. テーマ : 抽象的だが明確にできる。コンセプトとの違いに注意。テーマとは「世の中の何を描き出すか」
  4. 構成 : 物事を伝える順序とその理由。勝手に崩せない型がある
  5. シーンの展開 : ストーリーはシーンをつなげて作る。シーンの展開にも原則とガイドラインがある
  6. 文体 : 建物の塗装や人の服装のように、表面を飾る

 そうした上で、コンセプトの立て方、人物の7つのカテゴリーと3種類の次元、構成の原則とシーンのボリューム割、テーマのストーリーへの関わり方を掘り下げる。「ストーリーの本質はコンフリクト(葛藤、対立)」とか、イッキ読みをさせるには、シーンの終わりで問いを出す「カット・アンド・スラスト」テクニックなど、著者自身が実際に使っているフォームが惜しげもなく展開されている。

物語を書く「前に」知るべきこと

 いわゆる神絵師が自分の制作過程をYoutubeで公開しているが、その物語版といってもいい。わたしたちが目にするのは、実際に完成された絵や小説という「作品」だが、それらがどういうプロセスで作り上げられ、何に気を配られているかを知ることは、自分がそれを描く・書くときにものすごく役に立つ。

 逆に、そうした知識や技術を描きながら・書きながら身につけるのは至難の業だろう。本書では、「物語を書く『前に』知るべきこと」として一枚の紙にツール化している。いわゆる「物語の書き方」を謳うハウツー本を凝縮した内容で、完成度の高い原稿が書けるという。プリントアウトして、机の前にでも貼っておくといいかも。

ストーリーのコンセプト面でのフック/魅力は何か
・「もし~なら(what if)?」の問いで表せるか
・その問いに答えられるか
・その問いは即、新たな「もし~なら?」を生み、プロット展開を促すか

ストーリーのテーマは何か
・ある視点からテーマを描きたいのか、テーマを探究したいのか
・ストーリーから複数のテーマが思い浮かぶか

ストーリーはどのように始まるか
・出だしにフックはあるか
・プロットポイント1の前、主人公は何をしているか
・プロットポイント1までにどんな危機感が設定されているか
・人物のバックストーリーは何か
・ストーリーが進むにつれて主人公の内面の悪魔はどのように表れるか
・プロットポイント1の前に伏線で何を示すか

プロットポイント1で何が起きるか
・プロットポイント1は適切な位置にあるか
・プロットポイント1は主人公をどう変えるか
・主人公に新たに生まれる必要性/旅は何か
・その必要性の裏で何が危機に晒されるか
・主人公に反対するものは何か
・敵対勢力は何を失うことを恐れているか
・この時点で読者はなぜ主人公に共感するか
・主人公は敵対勢力についてどう反応するか

ミッドポイントはストーリーの流れをどう変えるか
・ミッドポイントで主人公や読者に新情報をどう提示するのか
・それはストーリーの流れをどう変えるのか
・ドラマ的なテンションやペースはどう上がるのか
・主人公はどう前進するのか、あるいは攻撃するか
・この攻撃に対し、敵対勢力はどう反応するか
・主人公の内面の悪魔は攻撃にどう反応するか
・プロットポイント2の直前、希望を失くして小休止する場面はあるか

プロットポイント2では何が起きるか
・その出来事は主人公をどのように積極的な態度に変えるか
・主人公はどのように主導権を握って問題解決に向かうか
・その役割は主人公の望みをどう満たすか
・主人公の内面の悪魔の克服はどう表れるか
・ストーリーの中で設定した危機はどう決着するか、誰が何を勝ち取るか、誰が負け何を失うか
・ストーリーの結末で読者はどんな感情を体験するか

 こうした問いかけに対し、答えられないのであれば、その「答え」に相当するものを考え、物語に組み込まなければならない。「プロットポイント」「ミッドポイント」など、用語の意味が分からない場合は、本書に戻って確認すればいい。このツールだけで分かるのであれば本書は不要だが、ツールの使い方まで知っているのであれば、そもそも「物語の書き方」なんて読まないプロフェッショナルだろう。

それでも書くのは「わたし」である

 他にも、プロットポイントの設定の仕方、ミッドポイントの役割、シーンが果たすべきこと、書くべきでないタイミングなどといった、優れた物語の「型」が説明される。

 これらのレシピがあれば、物語は書けるか? 否である。食材が必要で、料理人が必要だ。型だけあれば、あとはひとりでに物語が出来上がるほど簡単じゃない。型なしよりは苦労を減らせるが、あくまで書くのはわたしだ。

 書きあぐねている人、書き詰まった人、書けない人に薦める一冊。

Storyengineering

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