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老人栄えて国滅ぶ『シルバー民主主義の政治経済学』

 この国は老人に滅ぼされる。そう思っていたが、問題はもっと根深いようだ。マスコミが偏向報道するように、わたしのタイムラインは偏っていることに自覚的にならないと。単に考えさせられるだけでなく、次に(わたしが)選ぶべき方向も見えてくる一冊。

 全国から吸い上げられた税金は、高齢者に注ぎ込まれる。年金世代は現役世代の犠牲の上にあぐらをかき、既得権を貪り、財政改革の邪魔をする。「年金」という聖域に手をつけようものなら、マスコミが急先鋒となって蜂の巣をつついたように騒ぎ出す。「このままじゃやっていけない」「死ねというのか」と叫ぶ老人を巣鴨あたりでインタビューし、大々的にキャンペーンを張る。

 いっぽう、コストカットのあおりを受け、手取りは目減りし、不安定な雇用に苦労する現役世代の声は捨てられる。なぜなら、逃げ切る気まんまんの高齢者の方が多数だから。民主主義は多数決。さまざまな意見を最終的に決めるのは、「声」の大きいほうである。数の力を頼りに、老人が現在と未来を食い物にする、「シルバー民主主義」とはそんな状況である。絶滅寸前のウナギを食べる老人が象徴的だ。

 ウナギが老人に食い尽くされるように、この国も老人にしゃぶりつくされると思っていた。だが、この状況は、「シルバー民主主義」ではないらしい。

 たしかに、高齢者優遇の政策が選ばれていることは事実だ。本書は、マクロデータを用いて実証分析を行い、都道府県レベルのみならず、全国レベル、欧米の先進国の状況からしてもシルバー優遇の政策が採られていてるという。

 しかし、著者によると、シルバー優遇だからといって、シルバー民主主義にはならないらしい。本書では、「シルバー民主主義」とは、高齢者が政策決定の主導権を握り、必要な改革を先送りし、老人衆愚政治を生みだしている状況になる。政党が高齢者の意向を忖度しているのは事実だが、それは別の理由があるからであり、高齢者が独裁的に振舞っているからではないというのだ。

 つまりこうだ、高齢者のほとんどは引退し年金生活しており、医療や介護への需要が強いという共通点を持つ。高齢者の「民意」は集約されており、再配分政策によって誘引できる票は多い。いっぽう若者世代は逆だ。仕事、結婚、育児の有無などバラツキが大きく、意見の一致は困難で、政党へのアピール度は低い。政党から見ると、高齢者のほうが政策に対する見返りが大きい(分かりやすいともいう)。

 結果、高齢者に優しい政策を優先する政策が、より多く採択される。本書はこの現象を、「シルバーファースト現象」と呼び、「シルバー民主主義」と厳格に区別しようとする。なぜなら、高齢者だけが独占的に優遇されているのではなく、低所得者にも社会保障給付の形でバラマキがなされているからという。

 かつては、公共事業による地元へのバラマキという利益誘導モデルが成り立っていたが、それが行き詰まった先に、社会保障給付があったという。そして、高齢者だけでなく、バブル崩壊後のデフレ期において貧困化した若者世代にもバラマキを始めたのが、現代の政治の状況だというのだ。

 すでに現役世代の負担では給付分を賄えなくなっているが、これを財政赤字を介在させることで先送りさせている(本書では、負担なしに給付を受けられる部分を、社会保障におけるバラマキと定義する)。その本質はかつて公共事業で地元に利益誘導していたバラマキと同じ構造であり、高齢化が進む地方ではより大規模に進行しているという。

 この状況に目をつぶり、現役世代と年金世代が暗黙裡に結託することで、将来の、まだ生まれていない世代の財布に手を出している。赤字財政や社会保障制度の受益負担構造を放置して、いま生きている人たちの「民意」を忖度し、将来世代へ債務を先送りしている。債務額は926兆円に達しており、将来世代の生活は実質的に立ちいかなくなっていることが分かっている。この、財政的児童虐待こそが、真の問題だというのだ。

 やっていることは時間かせぎなので、遅かれ早かれ終わりがくる。これから生まれてくる人たちの生活が成り立たなくなることに、これから生まれてくる人たちが気付くころ、財政赤字ファイナンスにより維持されてきた暗黙の世代間の結託は終焉を迎えるという。いわゆる、金(ファイナンス)の切れ目が、縁(結託)の切れ目となる。

 そして、世代間の冷戦は世代間の熱戦へと転化するという。著者はこれを最も危惧しており、本書の前半で「シルバー民主主義」と「シルバーファースト現象」を厳格に分けようとしたのはそのためかと膝を打つ。負担した分よりも多く受け取る既得権にしがみつき、逃げ切るために数の暴力をふるうという「シルバー民主主義」では、いたずらに世代間対立を煽り、財政的児童虐待という問題を見えなくさせるだけだろう。

 ひょっとすると、現代の高齢者たちは、自分たちがいかに優遇されているか知らないのかもしれぬ。ウナギが絶滅危惧種に指定されていることを知らないように、このままだと孫子の世代は生活が成り立たなくことを知らずに行動している(と好意的に考えよう)。

 では、どうすればよいか。高齢者に知らしめるだけではなく、「知ったこっちゃない」という見て見ぬふりをする人々も含め、どうすればこの状況を克服できるか。面白いアイディアが紹介されている。

 まず、民意の高齢化を反転させる投票制度改革を提言する。有権者の年齢に満たない子どもの数に応じて、親に投票権を行使させる「ドメイン投票制度」や、有権者の投票率ではなく年齢構成に応じて代表を選ぶ「年齢別選挙区制度」、さらに平均余命と現在の年齢の差に応じた票数を与える「平均余命投票制度」が紹介される。選挙があるたび、妻と「将来のためなら、子どもの数だけ投票できればいいのにね」と話していたが、検討の俎上にあったのかと驚く。

 さらに、「民意」を遮断する非民主主義制度の提案をする。金融に対する中央銀行のような、民意の高齢化に対する独立機関を政策決定プロセスに噛ませるのだ。具体的には、世代間格差を是正する義務を政府やに課す法律を制定し、その実務を担当する独立機関を設置する。民主主義の外側から制約をかけるため、抵抗が大きくなりそうだが、それぐらいの荒療治が必要なのかもしれぬ。

 目から鱗なのが、「高齢者の定義を変える」という提案だ。もともと高齢化社会を想定して作られた制度は、65歳の高齢者が全人口の7%を占める社会として始まった。だが、いまや高齢化率は28%近くに達する。高齢者が少ない時代に設計された制度を維持するには、全人口の7%を占める年齢以上を高齢者として再定義すればよいという考えである(ちなみに、2015年国勢調査によると、81歳以上が7%になるという)。

 著者は、世代間の対立の激化を避けつつ、なんとか財政的児童虐待をなくそうとする。その志は素晴らしいし、本書がもっと知られればと願う。だが、上述のアイデアが実行に移されるのは、もっとずっと先になるだろう。「現在の高齢者」が死に絶え、「現在の現役」が高齢者となる頃、ようやく広く議論されるようになるのではないかと。

 なぜなら、現在の高齢者に知らしめるべく働かなければならないマスコミ自身が、高齢者に摺り寄り、彼・彼女らの耳当たりの良いことしか書かないから。新聞のサンヤツ(一面の下段の広告)を見るといい。高齢者向けの雑誌で埋め尽くされている。平日の民放を見るといい、お年寄り向けのコマーシャルが番組内に満ち溢れている。本書で提言されている改革案は、「大切な年金を奪う」ネガティブな形で紹介されることになるだろう。お年寄りに媚びへつらうマスコミから距離を置いて情報収集している人々―――その中にはもちろん高齢者も一部いる―――そんな人たちが多数になる頃になって、ようやくこうした改革が実現できると考える。

 問題は時間になる。「待ったなし」と言われてからずいぶん経つが、待ってくれるだろうか(反語)。

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コメント

財政赤字の増加が将来世代の財布に手を出していることになる、というのは誤りだと思います。
バーナンキも言ったように、日銀が買った国債は帳消しにしても構いません。
財政赤字が膨らむことの代償は「インフレ率の高まり」でしょう。インフレ率が恒常的に5%を超えるようであれば、金融引き締めや増税率でコントロールすべきです。しかし、デフレに近い低インフレから抜け出せない今は、むしろ財政赤字をもっと増やすべきです。
財政赤字を減らそうと、将来世代のためのインフラ整備や研究開発、教育基盤の毀損を放置することこそ、未来の人々に対する裏切りでしょう。
財務省などが言う「財政再建」こそ、もっともらしく聞こえますが、その実ただの自己満足でしょう。

投稿: hat_24ckg | 2018.02.04 19:20

全くもって同感です

投稿: ほげ | 2018.02.05 07:09

>>hat_24ckgさん

コメントありがとうございます。
本書では、様々なシナリオを比較検討して、この結論を導いています。(インフレをコントロールできる範囲で)財政赤字を増やしてインフラや教育関連への投資を促すシナリオについては、本書の第7章「シルバー民主主義超克の戦略 」で解説されています。わたしの記事では力足らずでまとめきれていません。第7章だけでもご確認いただければと思います。


>>ほげさん

ありがとうございます。もっと広がればいいな、と思っています。

投稿: Dain | 2018.02.10 10:31

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