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これ面白い!『ゲームの王国』

  寝食わすれて読み耽った。ページが止まらないくせに、終わるのが惜しいとこれほど思った小説は久しぶり。「最近面白い小説ない?」という人に、自信をもってオススメ。

 というのも、次から次へと面白いネタをどんどんぶっ込んでくるから。

 建前(?)はSFだが、中身は盛りだくさん。ポル・ポトの恐怖政治と大量虐殺の歴史を生き抜く少年と少女の出会いと別れを横糸に、ガルシア・マルケス『百年の孤独』を彷彿とさせるマジックリアリズムあり、ウィトゲンシュタインの言語ゲームやカイヨワの「遊び」の本質を具現化したコンピュータゲームあり、貧困の経済学ありデスゲームあり、ともすると発散しがちなネタを、見事にひとつの物語にまとめあげている。

 優れた小説を読むときによくある、記憶の再刺激が愉しい。すなわち、どこかで見たことのある既視感と、よく知ってるはずなのに目新しく思える未視感が、むかし読んだ/これから読む作品を、芋づるのように引き出してくれるのだ。

 たとえば、前半の舞台となるカンボジアの寒村。

 ジョジョの奇妙な冒険のスタンド使いのような、土を喰らい土を操る能力を持つものや、輪ゴムと心を通わせ、輪ゴムで未来を知る異能者、鉄板のように何もしゃべらない(≠しゃべれない)性癖の人が登場する。

 彼らの、ちょっとズレた会話を聞いていると、『百年の孤独』の蜃気楼の村マコンドだけでなく、大量殺人事件「河内十人斬り」を描いた町田康『告白』を思い出す。知性格差のありすぎる者同士のディスコミュニケーションの滑稽さが、テーマも文体も違うのに、ひしひしと既読感を刺激する。

 あるいは、共産主義を厳密に遂行したクメール・ルージュの大虐殺。「革命」「解放」の名のもとに、人々は、家族、住居、職業から切り離され、集団農場へ移送され、強制労働に従事させられる。そして、そこでは、理由もなく銃殺されていく。作業が緩慢という理由だけで銃殺され、身分を隠していた教師・医師・兵士は、「正直に申し出れば殺さない」という嘘に騙され、処刑される。

 人々は、生き延びるために嘘をつき、嘘をついたことを密告されて殺される。「むりやり天国を作ろうとすると、たいてい地獄ができあがる」寸言まんま。わずか4年間で300万人以上虐殺されたという現実は、むかし劇場で観た映画『キリング・フィールド』の地獄絵図を濃密に、詳細に思い出す。

 また、後半に出てくる、「ゲームの概念を脱構築したゲーム」。

 これは、自由意志は幻想に過ぎないことを裏付けたとされるベンジャミン・リベットの実験が下地にある。人が何かを決定をする際、”その意思決定”を示す電気信号に先立って、決定を促す準備電位と呼ばれる脳波が発生していることを明らかにした実験だ。

 すなわち、人は自由に意思を決めているように見えても、実はその前に意志は決定されており、私たちはその理由を「後づけで」作り上げているというのだ(受動意識仮説)。これを応用したゲームは、現在進行中のサイエンス・ノンフィクションを読んでいるようで、ゾクゾクする。これは、人はなぜ嘘のホラーに本当に恐怖できるのか? というテーマに、認知科学&分析哲学で深堀りした『恐怖の哲学』のゲーム版だといっていい。

 バラバラに認識される情報を統合するために後付けで理由をひねりだすのが「こころ」であるならば、そこに割り込み改竄することで「こころ」をハッキングすることは可能だ。主人公は、ある時点でひとつの真理にたどり着く。その件はこうだ。

人生は、わずかに残った印象的な断片と、その断片を補完する現在の自分と、直近の一年間で成立している。記憶はアナログメディアで、再生するたびに劣化し、その劣化を補うために現在の自分が入り込んでくる。記憶は一種の小説だ。いくつかのパーツがあり、細部は存在しない。

 私たちは、羅列された現実を解釈しやすいように因果関係を築き、咀嚼するために物語をひねり出す。人生に物語が必要なのは、不条理すぎる現実に「こころ」を壊さないため。物語は、いわばセーフティ・ネットなのだ。ここは、物語論(ナラトロジー)の名著、千野帽子『人はなぜ物語を求めるのか』を思い出す。

 さまざまなネタをぶっ込みつつ、一級の小説に仕立てている稀有な本。


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