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形が進化するとはどういうことか『形態学』

 「動物の形が進化するとはどういうことか」という問題に取り組んだ生物学の歴史を振り返りながら、形態学を体系的に説明してゆく。面白いのは、形態学の歴史に、体の構造と形に対する観念の変遷が垣間見えるところ。

1. どのようにそんな形になってきたのか(仕組みの問題)
2. なぜそのような形になっているのか(意味の問題)

 「どうしてそうなっているのか」という問いかけには、二つの問題が潜んでいる。1.の仕組みやメカニズムを問う、"how"と、2.の理由や意味を問う"why"である。科学者は、観察や実験を経て1.を分析するとともに、一貫性のあるストーリーで2.を説明づけようとする。

 "how"の答えと"why"の答えの間に恣意性や当時の観念が入り込み、話をややこしくする。分けて考えることで議論はシンプルになるにもかかわらず、"why" に答えたい欲望が科学を推進させる。科学の見方にキリスト教的な観念が入り混じる。そこが面白い。

 たとえば、「個体発生は系統発生を繰り返す」ヘッケルの反復説が紹介される。胚の形が受精卵から成体の形へと複雑化することと、自然史における動物の複雑化との間に並行関係を見出したものだ。魚、カメ、鶏、ヒトの初期の胚の画像を並べた図を見たことがあるだろう。成体へのプロセスは、進化のプロセスを辿り直しているという主張だ。

 実例として、初期に形成される鰓裂は、哺乳類では使用されることなくすぐにふさがってしまうから、哺乳類が魚類を経て進化した証拠が挙げられる。


[Wikipedia:反復説]

 この画像は、当時観察されたことのないヒトの初期胚を、見てきたような体で描くだけでなく、意図的に単純化されたものだという。

 「下等な」動物から「高等な」動物へと並べる系列をつくると、それは個体発生過程のアナロジーになる。だが、「下等」「高等」といった評価は、人間の主観による不正確な概念でしかない。体の形は、その生物が適応してきた結果にすぎず、環境が変われば形が変わるのは当然であり、そこに上も下もない。

 そこで単純に進化を辿り直しているわけではなく、祖先において存在した前駆体をベースとして、それぞれの環境に合わせ、派生的な特徴が加わったり、二次的に変形・消失することによって適応しているというのだ。

 反復説のエビデンスとして挙げられる「哺乳類の発生初期の鰓裂」は、次のように解説される。エラが不要だからふさがるのではない。エラに分化する前の段階から、エラでないものに分化していく。具体的には、咽頭弓(鰓に分化する前段階である)から、顎、中耳、口蓋扁桃、胸腺、副甲状腺に分化する。

 これは、咽頭弓から発生する組織構造の多様化にもあてはまる。すなわち、顎口類(サメなど)の「顎」、陸上脊椎動物における音を伝える「耳小骨」、カメレオンやキツツキの長い舌の運動を支える「支持骨格」、エリマキトカゲが威嚇に用いる「エリ」などがそれにあたる。

 これらの器官は、水中での呼吸とは関係のない機能を果たしているが、その基本構造は、咽頭弓ができ、そこに神経堤細胞が流入し、さらには発現のスイッチを入れるホメオボックス遺伝子Dlxが発動し、そしてやっと動物ごとの独特の変形を加えることができるという。

 エリマキトカゲのエリを作り出しているのは、トカゲ独特の発生プログラムだが、それが働くためには、脊椎動物の基本的な咽頭弓の発生プロセスがまず遂行されなければならない。仮に発生中に咽頭弓ができなければ、高度な器官構造も発生できない。言い換えるなら、咽頭弓ができなくなるような変異は、淘汰を通じて消えてゆく。

 いまあるものをベースに、構造を使いまわし再利用してゆかざるを得ない。生きている体というのは、航海中のノイラートの船団のようだ。うまく行かないからといって陸に上げて一から作り直すわけにはいかない。進化のプロセスの中で、少しずつ改善してゆくしかないのである。

 発生も進化も、時間軸に沿って形態パターンが複雑化、組織化されてゆくプロセスであり、両者に平行性を見出すのは、自然な発想だという。だが、人を動物の上位に置く価値観が、仕組みの問題(どのようにそうなのか)を、意味の問題(なぜそうなのか)として応えようとしている動機が見える。

 ゲーテの観念論的形態学にも、同様の動機が透ける。ゲーテは、動物がとる様々な形に、「理想像」あるいは「原型」を当てはめようとしたが、プラトンのイデア論を生物学に適用したものだろう。

 観察者の思考に浮かび上がる「原型」というイメージは、理解のための良いアナロジーとはなるものの、何ら実体をともなったものではないという。事実上、それは動物や植物が発生の初期に成立させる、一次的な原基の配置や分節パターンのなす一般形態であり、最初のノイラートの船にすぎない。ここにも、仕組みの問題の背後に意味の問題が隠れている。

 形の後ろに意味がある。その意味を探すと、さらに面白く読める。

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