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生命の本質は「膜」である『生命の内と外』

 これは面白かった。生命の本質として「膜」に着目し、最新の細胞生物学の知見からその仕組みを解き明かす。

 「膜」の内側で自律性を保ちつつ、かつ、「膜」の外側と情報や分子を交換するメカニズムは、そのまま「生命とは何か」に対する一貫的した説明になる。その見事さに驚くと同時に、「私とは何か」をも考えさせる名著なり。

 まず、「生きている」最低条件として、外界から「閉じて」いることを挙げる。自己を囲む膜が、外部と内部を区別していなければ、生命としての安定性や自律性は保てないという。そして、「閉じて」いるからこそ、生命維持に関わる種々の化学反応(=代謝)を効率的に、合目的的に行うことができるというのだ。

 その一方で、「生きていく」ためには、外界から「開いて」いなければならない。代謝に必要な栄養物や酸素などの物質を取り込むため、さらには、不要となった廃棄物を排出するためには、外の環境に対して開いている必要がある。つまり、「生きている」とは、外部から「閉じつつ開く」という存在になる。そして、一見この相反する状態を実現しているのが「膜」だというのだ。

 たとえば、栄養素の摂取における膜の役割について。ヒトをトポロジー的に見るとドーナツ状になる。ドーナツの穴に相当するのが消化器官だ。要所に弁が存在するものの、胃や腸は「外部」になり、共生微生物のコロニーとなっている。そうした外部に対して「閉じ」つつ、グルコースなどの糖を通すため、グルコース・トランスポーターという膜透過のメカニズムがある。この機能は、膜の内外のナトリウムイオンの濃度の差を利用し、その流入エネルギーを拝借することで、グルコースだけを運び込む。

 あるいは、生成したタンパク質の取り込みについて。この凄さを伝えるためは、タンパク質の生成について触れねばならぬ。

 タンパク質は、階層構造をとる。ヒモ状の一次構造(ポリペプチド)から、それを折り曲げた構造をとり、さらにシート状ユニット構造をとることでそれぞれの役割を果たす。タンパク質は、DNAの遺伝コードの文字列に対応するアミノ酸をつなげていくことで生成されることは知っていた。しかし、これはあくまで一次構造にすぎず、これを折り曲げたり編み上げることで、「酸素と結びつきやすい」とか「水に馴染む部分と反発する部分をもつ」といった特性をもつことになる。

 しかし、折り曲げたり編み上げることで一定の大きさをもってしまうと、膜を通過することはできない。そのため、ヒモの状態で膜を通し、通った内側で構造化することで、「開く」範囲を最小限にする。しかも、ヒモを通す穴を開ける際、細胞膜は、一種のエアロックのようなメカニズムを持つ。分子内シャペロンという折り曲げ・編み上げを助けるタンパク質が、このエアロックの役割を果たすのだが、微小空間における「閉じつつ、開く」解説であるにもかかわらず、スペースシャトルのドッキングのようで楽しい。

 2016年のノーベル生理学・医学賞で話題になったオートファジーの理論も、「閉じつつ、開く」視点から説明されている。ヒトの一日の体内アミノ酸の出納は、次の通りだという。

 体内へ摂取する 70g
    ↓
 体内で合成する 180g
 体内で分解する 180g
    ↓
 体外へ排出する 70g

 つまりヒトは、食べたタンパク質の他にタンパク質を作り出している。このタンパク質の再利用は、いったん出来上がった(構造体をとる)タンパク質を分解する必要がある。この分解は、「体の外側で」なされている。

 いま、おかしなことを書いた。体内で起きていることなのに、「体の外側」というのはおかしい。タンパク質を分解するための空間を膜でつくりだし、その中で分解する(体内で分解したら、他の必要なタンパク質も分解されてしまうから)。つまり、オートファジーによる分解機構とは、餌となるタンパク質を「膜の中という"外部"」に持ち出して、そこで分解する装置だというのだ。タンパク質のリサイクル・システムは、この「体の中の外側」でなされている。

 この発想にはガツンとやられた。考えてみれば、体の中に外側を持つことで、「閉じつつ、開く」を実現している。消化器官や呼吸器官は、「体の中」であるにも関わらず、トポロジー的には外側だ。共進化により不可分の関係になっている共生微生物は、「体の外側」にある、生きるために必須の存在だ。そもそもミトコンドリアは細胞内にある「外からやってきた」小器官だといわれている。

 つまり、完全に「わたし」という閉じた存在があるのではなく、さまざまな「わたし以外」へ開かれつつ、それでいて統一性を保っている存在なのだ。

 生命を「膜」で考える好著として、ニック・レーン『生命、エネルギー、進化』がある。これは、「生きているとはどういうことか?」をエネルギーの観点から解き明かした名著である。レビューは[ニック・レーン『生命、エネルギー、進化』は難しかった]に書いたが、生命とは電動であり、そのエネルギーは膜を挟んだ電位差で生じる仕組みを明らかにしている。

 生命と環境を隔てている境界は極薄の膜であり、それは閉じつつ開くことで「生きている」を実現する。そのメカニズムは、知れば知るほど面白い。

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