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科学の面白さ・楽しさを伝える100冊 「科学道100冊」

 科学の面白さ・素晴らしさを届ける企画として、「科学道100冊」が公開されている。これは、科学者の生き方や考え方を伝えるために、100冊の本が選ばれている。

「知りたい!」が未来をつくる科学道100冊

 ミソは「いわゆる理系本」に閉じないところ。もちろん分野ごとの啓蒙書もあるが、「世界の見え方の変遷」を鳥瞰する科学史、センス・オブ・ワンダーを喚起する小説や漫画、知的好奇心を刺激する図鑑など、いろいろ揃えている。

 例えば、ディックの電気羊やパワーズ『オルフェオ』が「科学の本」として並んでいる。これ、選者のメッセージが込められているんだろう誰だろうと見たら、編集工学研究所だった。松岡正剛さんの名前を前面にしてないのは、硬すぎず深すぎずが意図されているのだろう。

 この100冊からいくつか選んでみた。さいきん微生物にハマっているわたしとしては、そっち系を入れて欲しかったが、ないものねだりかも。

* * * * *


『世界はなぜ「ある」のか』

 ジム・ホルト

[レビュー]

 生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問について、現代の哲学者、物理学者、神学者、文学者との対話を重ねる知的冒険の書。

 なぜ「何もない」のではなく、「何かがある」のか? この究極の疑問に囚われた哲学者が、各分野の権威と対話を重ね、謎の本質に迫ってゆく。実存哲学、形而上学、量子宇宙論、神仮説、数学的必然性などの分野を渉猟し、ワインバーグやペンローズ、アップダイクといった著名人とのインタビューを通じ、探偵のように「存在の謎」の犯人をあぶりだす(原題は、"An Existential Detective Story" すなわち「実存の探偵物語」)。

 面白いのは、この探偵の真犯人へのアプローチそのもの。形而上学であれ、量子力学であれ、最初は一貫した説明がもたらされるが、探偵役に徹する著者の検証により、無限後退にハマるか、循環論法に陥る。形而上学的な説明に対しては、質量・エネルギー保存則を用いて否定し、量子宇宙論的な説明に対しては、実存主義的メタファーを使って反論する。この仮説検証の過程が、たまらなくスリリングなのだ。


『響きの科学』

 ジョン・パウエル

[レビュー]

 ずっと不思議だった疑問「なぜこの曲に心が震えるのか」が、ようやく解けた一冊。音楽について新しい耳をもたらしてくれる。

 音楽家でもあり物理学者でもある著者は、音楽を科学的に説明するだけでなく、音楽を「芸術」という枠に押し込めていた思い込みを砕く。音楽は物理学を基盤とした工学であり、論理学に則った芸術なのだと主張する。

 音楽が感情を揺さぶるのは、転調に秘密があるという。音階が上がっていくにつれ、その調の最後の部分に「もうすぐ到達」するような感覚が与えられる。「もうすぐ到達」の音がメロディやハーモニーに現れると、到達したいという欲求が生じるため、聴き手は、次の音が主音になるはずだと感じる。

 そう期待させておいて、最後を主音に帰着させると、聴衆を満足させることができる。いっぽう、欲求を喚起させておいて、転調することでいったん裏切り、じらして、満たすことで、より一層気持ちよくなる。フレーズの連なりで期待と満足をゆききするのが、音楽の快楽の源泉なんだと。


『心はすべて数学である』

 津田 一郎

[レビュー]

 心を数学で解く。または数学に現れる心の動きを明かす。心は閉じた数式で書けるものではなく、ゲーデルの不完全性定理やカントル集合など、不可能問題や無限の概念を作っていくプロセスを応用しながら接近していくアプローチが有効だという。

 心は単独で形成されるものではなく、他者や環境とのコミュニケーションによって発達する。「私の心」と「他者の心」という区別は一種の幻想で、相互に影響しあっている以上、離散的なものにならざるを得ないという。

 それでも、何らかの共通的な普遍項があるように見える。その共通項を、「抽象的で普遍的な心」と見なし、それが個々の脳を通して表現されたものが、個々の心だと仮定する。そして、「抽象化された普遍的な心」こそ、数学者が求めているもので、数学という学問体系そのものではないかという考えを示す。この部分は、わたしが数学をやり直す動機に直結する。

 わたしの考えの半分までは合っていたが、その向こうにあるものを、[レビュー]に書いた。そういう化学反応を起こさせる。スゴ本なり。


『フォークの歯はなぜ四本になったか』

 ヘンリー ペトロスキー

[レビュー]

 モノの見方が確実に変わる一冊。

 フォーク、ナイフ、クリップ、ジッパー、プルトップなど、身近な日用品について、「なぜそのカタチを成しているのか」を執拗に追求する。日ごろ、あたりまえに使っているモノが、実は現在のカタチに行き着くまでに途方も無い試行錯誤を経たものだったことに気づかされる。

 いわゆるデザインの定説「形は機能にしたがう(Form Follows Function)」への論駁が面白い。著者にいわせると、「形は失敗にしたがう(Form Follows Failure)」だそうな。もしも形が「機能」で決まるのなら、一度で完全無欠な製品ができてもいいのに、現実はそうなっていない。モノは、先行するモノの欠点(失敗)を改良することによって進化していると説く。これが膨大なエピソードを交えて語られるのだから、面白くないわけがない。

 たとえば目の前のフォーク。そのカタチ・大きさになるまで延々と進化の歴史がある。最初は肉を適当な大きさに切り裂くナイフだけたったそうな。それが、肉が動かないように押さえつけるために、もう一本のナイフを用いるようになる。ただ、ナイフで押さえつけると肉がクルクル回ってしまって不便だ。その結果、又の分かれたモノ「フォーク」が誕生する。

 それなら、フォークは2本歯で足りるはずだが、それが3本になり4本になる過程や、なぜ5本も6本もない理由が面白い。無理なく口に入る幅と当時の冶金技術も相まって、フォークの生い立ちを考えると、モノの歴史は失敗の歴史であることが分かる。


『サイエンス・インポッシブル』

 ミチオ カク

[レビュー]

 SFのタネがぎっしり詰まった、けれども最先端の科学に裏付けられた科学読本。あるいは逆で、最先端科学でもって、SFのハイパーテクノロジーを検証してみせる。比較できない面白さに、かなりのボリュームにもかかわらず、イッキに読まされる。

 本書を面白くしている視点は、「どこが不可能?」というところ。つまり、「それを不可能とみなしているのはどの技術上の問題なのか?」という課題に置き換えているのだ。「技術上の課題」にバラしてしまえば、あとはリソースやパトロンの話だったり、量産化に向けたボトルネックの話になる。

 その結果、現在では「不可能」と見なされていながら、数十年から数世紀以後には当たり前になっていておかしくないようなテクノロジーが「課題」つきで紹介されている。しかも、その不可能ぐあいにもレベルがあって、レベル1(数百年以内)、レベル2(数千年)、レベル3(科学体系の書き換え要)と分かれている。

 たとえば、「ハリー・ポッター」の透明マント(invisibility cloak)を「光学迷彩」として実装させる技術や、大質量の恒星が一生を終える時のエネルギーを用いたガンマ線バースター砲、さらには自律的・再生的な超小型無人宇宙船「ナノシップ」などを見ていると、SFネタなのか科学技術の紹介なのか分からなくなる。


『明日、機械がヒトになる』

 海猫沢めろん

 「機械化する人間」と「人間化する機械」の境界を求め、科学と技術の最先端にいる7人にインタビューしたもの。SR(代替現実)、3Dプリンタ、ロボット、人工知能の第一人者の話を聞いていると、そもそも機械とヒトとの間に「境界」なんてないのだとう著者の主張がすんなり入ってくる。

 面白いのは、最新科学を追いかけていくと、いつのまにか実存や知性とは何かといった哲学の話になること。このルートは『人工知能のための哲学塾』でトレースしたことがある。機械とヒトの境界線には、現象学や認識論が横たわっており、エビデンスがあるもの・ないものが目に見える。

 なかでも、「ヒューマン・ビッグデータ」の件が興味深かった。これは、人に加速度センサをつけて大量にデータを集めて分析したら見えてきたもので、「幸福は加速度センサで測れる」というもの。まず、幸せを感じられる能力は遺伝子の影響で半分程度決まっており、残り半分の大部分は、「積極的に行動をしたかどうか」に寄るという。

 つまり、幸せとは結果ではなく行動なんだと。なにそれ面白い! 矢野和男『データの見えざる手』というらしい、これは読みたい。リチャード・パワーズ『幸福の遺伝子』と併読すれば、楽しい化学反応を起こしそうだ。

* * * * *

 以下自分メモ。「科学道100冊」からわたしの課題図書をリストアップしてみる。

・園池公毅『植物の形には意味がある』
・フィリップ・ボール『かたち』『流れ』『枝分かれ』
・畑村洋太郎『図解 失敗学』
・橋本毅彦『ものづくりの科学史』
・ユクスキュル『生命の劇場』

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