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物理学、化学、生物学、地学の総がかりで迫る『地球の歴史』

 地球をシステムとして捉えた「地球惑星科学」の入門書。

 地質学をベースに、天文学、地球物理学、分子生物学から古生物学、物理化学や環境化学、海洋学など、ありとあらゆる自然科学を総動員して説明してくる。その切り替えはスムーズで、「今から化学の視点で分析するよ」と宣言されない限り継ぎ目が見えない。地球という存在に取り組むにあたり、細分化された学問では説明しきれないという思いが文章のあちこちに溢れており、応用科学の真骨頂に触れる、エキサイティングな読書となった。

 本書を面白くさせているのは、視点スケールだ。すなわち、地球をまるごと把握するため、全体を一つのシステムとして理解する発想である。地球を「系」で考え、串刺しで説明しようとする。たとえば、地球寒冷化を説明する際、太陽活動や巨大隕石の影響のみならず、大気水圏で起きている事象と、固体地球圏での原因の相互作用として説明する。しかも、人のスケールである数十年単位ではなく、数万年から数億年という地球のスケールで語ろうとする。水の惑星、鉄の惑星、火の惑星、凍った惑星、時間軸・空間軸を変えることで、地球はさまざまな姿をとる。その視点の自在さが魅力的なのだ。

 特に、「地球と生物の共進化」をキーに語られる件が熱い。動物と植物の相利共生という意味での共進化のみならず、地球と生物との関わりあいの中でも語られている。環境の変動にダイナミックに対応し、時には絶滅寸前となり、あるいは作用する生命体の生存戦略(特に昆虫)には、したたかさとしぶとさを覚えるだろう。

 そして、「地球磁気圏」と呼ばれる、地球を包み込む巨大な磁場の説明が面白い。液体金属である外核の対流により、電子が移動するため電流が流れる。この電流によって、地球を一個の巨大な磁石とする磁場ができあがる(本書では、電磁石の原理と「右ネジの法則」から解説してくれる)。この磁場がバリアとなって、生命に有害な宇宙線の侵入を防いでいるというのだ。それだけでなく、宇宙線は大気中の分子を電離させ、水滴の核を作り、雲を発生させる。宇宙線の増加は雲の大量発生を引き起こし、太陽光の入射量を低下させ、平均気温を下げる原因となる。つまり、地球磁気圏の安定性は、気温の安定性に結びついているのだ。

 プルーム・テクトニクスの概念も興味深い。ヴェゲナーのプレート・テクトニクスは、プレートの水平異動を明らかにしたものである。一方、プルーム・テクトニクスは、マントル内部の垂直運動に着目している。何千万年から何億年かけて、外核を上昇・下降する対流が存在する。煙がもくもくと上昇する形状を取ることから、「プルーム」と呼ばれている。巨大大陸の離合集散や、大規模な火山活動による気象変動を説明する上で有力な仮説らしい。深さ3000km、上端部の直径は差し渡し1000kmになる、巨大な“流体”だ。

 スケールを地球規模にすると、いま懸念されている地球温暖化問題に、壮大なパラドックスが見えてくる。これは、「冷えつつある地球の温暖化」問題だと言いなおす事ができるというのだ。過去100万年の地久規模の環境変動を見ると、間氷期は長くても2万年程度しか続かない。現在過ごしている間氷期がすでに1万年経過していることを考えると、温暖な時間は長くても1万年という計算になる。

 つまり、長期的には寒冷化している途上にあり、現在の地球温暖化は局所的なものにすぎないというのだ。さらに、人類史的に考えると、温暖化よりも寒冷化のほうが打撃が大きい。気温が下がり続け、大陸が集中する北半球の大部分が氷河に覆われるようになった場合、穀物生産が激減して人類規模での食糧危機になる恐れがあるからだ。社会科学からすると数十年からせいぜい数百年程度でしか見えないが、地球規模で考える場合、マクロな時間軸で測る必要がある。人類にそれだけの想像力があるかどうかは別として、自然科学の知見はそう語っていることを認識すべきだろう。

 また、説明の構成が面白い。上中下と3巻構成となっており、おおよそ時系列で語られ、必要に応じていったり来たり参照させたりしている。

  • 上巻:宇宙誕生から、物質が自己組織化の過程を経て、太陽系や地球として分化していく状況を語る
  • 中巻:固体地球、流体地球、生物が共進化するさまを軸に話を進めてゆく
  • 下巻:激変する地球環境のなかで、物質界と人間圏がどうかかわりあってゆくのかを描写する

 この構成がそのまま、ゴーギャンの名画「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」への大きな応答となっており、思わずニヤリとさせられる。我々は地球から来ており、我々は地球の子であり、我々は地球になるのだ。

 著者の専門は火山学。高校レベルを読者として想定しているが、得意分野は容赦なく伝えにくる。特に、日本列島の岩盤構造の説明は、かなり専門的なところまで潜るが、心配無用。著者自身が「ここはちょっと専門的だから飛ばして後で読んで」と示してくれるから。いっぽう、頑張って噛み付いて読めば、より立体的に日本列島の成り立ちを理解することができるだろう。

 読んでいてこのツイートを思い出した。まさにこれ。応用科学の全部入り、「地球惑星科学」へようこそ。


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