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恐怖を科学する『コワイの認知科学』

コワイの認知科学

 怖いとは何か? 怖さを感じているとき、何が起こっているのかを、脳内メカニズム、進化生物学、発達心理学、遺伝子多様性からのアプローチで概観した好著。

 喜びや悲しみ、怒りなど、人の心は様々な情動に彩られている。なかでも「恐怖」は根源的なものであり、より生理的に近いように思える。怖いものをコワイと感じるから、危険や脅威から身を守り、生き残れてきたのだから。こうした漠然とした認識に、科学的な知見を与えてくれるのが本書だ。「怖いもの」に対する脳内での反応や、恐怖の生得説・経験説の議論、怖さの種類や抑制メカニズムを、研究成果を交えながら解説してくれる。

 たとえば、「ヘビはなぜ怖いのか?」の研究が面白い。もちろん、ヘビ大好きという人もいるにはいる。だが、一般にヘビは「怖い」ものと嫌われている。

 いきなり「なぜ(why)」と問いかけると、聖書の原罪における役割や、ヤマタノオロチ伝説など、文化や哲学のアプローチになる。本書では、「どのように(how)」という切り口で、ヘビを見たときに脳内で起きていること、ヘビの何に反応しているか、幼児/赤ちゃん/サルでもヘビを嫌うのかといった研究を紹介する。そして、how から得られた成果から考えられる why への仮説を説明する。

 結論から述べると、人やサルは、自然環境の中でヘビの姿をいち早く見つけることができる(視床枕に縞模様によく反応する神経細胞がある事実とも合う)。そして人は、ヘビのあの縞模様に、本質的な怖さを感じるという。これは、長いあいだ樹上生活を送っていたヒトやサルの祖先の天敵としてはヘビしかいなかったからだという。

 そして、ヘビへの恐怖は生得的なものであり、進化の産物だと主張している。一度も噛まれたことがないのに、ヘビを怖がるのはなぜか? この疑問に対し、マーティン・セリグマンが提唱した「準備性(preparedness)」の概念を紹介する。あるもの(ここではヘビ)が、無条件に恐怖を引き起こすように生まれつき決定されているというのだ。

 これは、「怖いからコワイ」という循環論に陥るのではと思うのだが、バランスを考慮してか、学習による恐怖も扱われている。人工的な環境で生まれ育ち、ヘビを一度も見たこともないサルは、ヘビを怖がらない。にもかかわらず、見たこともないヘビを異質なものとして発見する視覚システムは有している。そして、ヘビを怖がる仲間のサルの様子をみると、ヘビを怖がるようになるというのだ。同様に考えるなら、自分が噛まれたこともないヘビを怖いと思うのは、神話や物語を介した代理学習の結果だともいえる(ヘビの"怖がり度"が文化によって異なるのはそのせい)。

 他にも、怒り顔に素早く反応するのは、「怒っている人には社会的に服従しようとするシステム」が働くメカニズムを分析したり、「幼少時の虐待が、恐怖の抑制機能を弱める」といった報告を紹介する。携帯電話を持たずに外出したときの恐怖である nomophobia (ノモフォビア、no mobile phone phobia)の研究は面白かった。

恐怖の哲学

 「どのように(how)」恐怖を感じるかという、恐怖の科学的なメカニズムを理解するうえで、『コワイの認知科学』は良い入門書だと思う。一方、「なぜ(why)」恐怖を感じるのかについては、哲学的なアプローチとして『恐怖の哲学』がいい。ホラー映画を手掛かりに、情動と意識の問題を紐解き、認知科学の知見も踏まえて心の哲学の本質に迫る。あわせてどうぞ。

 恐怖が分かると、人間が見えてくる。

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