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エロスの図書館『ソドムの百二十冊』

ソドムの百二十冊 古今東西の書物を、エロスの名のもとに分類した図書館。

 サドやバタイユといった王道から、漱石や鴎外、丸尾末広や村上春樹まで、様々なのに偏っている、その偏愛っぷりが素敵ですな。知っている本を手がかりに、周辺で紹介されている作品を浚うもよし、知らない作品の解説を飲み下すことで、快楽の世界を拡張するもよし。エロスの自由度の高さに驚くことを請合う。

 素晴らしいのは、わたしの既読本を、エロティックなまなざしで穿ち読むことで、そこに潜む煩悩を、黒く炙り出してくれるところ。そのときはサラリと通り過ぎた一文が、実は脈打つ欲望の熱い一端だったことに気付かされ、愕然とする。作品が、まるで別のものに変異する一方、さもありなんと何度も頷く。

火垂るの墓 たとえば野坂昭如の分析。ある観点から複数作品を横断的に見ていくことで、野坂文学における近親相姦の役割を明らかにする。その要となるのは、「蛍」だ。野坂文学では、蛍が女の性のメタファーとして表れてくるという。とことん猥雑だが、どこか滑稽な男のエロスを描いた『エロ事師たち』では、蛍を潰したときの臭いが登場する。その生臭さは、自分を犯そうとする義母から滴っていた臭いと重ねられて描かれる。

 また、有名な『火垂るの墓』では仲睦まじい兄妹における性の目覚めの箇所を示した後、節子が蛍の墓を作るシーンを読み解く。これは、ただの「お葬式ごっこ」という遊びではなく、女としての喜びを知らぬまま死なねばならない運命を、節子が先取りして演じた場面として読めるというのだ。清らかな光を放つ聖女としての存在の裏側に、生臭い肉を持つ女がいる。この構図を、「蛍」で読み解くのが面白い。

 また、バタイユの禁止と侵犯のパラドクスをBL(ボーイズ・ラブ)に当てはめた考察が面白い。BL腐女子がリアルで男性同性愛者に出会って好きになったとしても、寝た途端に相手は異性愛者になってしまう。腐女子は禁止の彼方の不可能な関係に萌えているというのだ。そしてこの欲望のメカニズムは、ロリコンやコスプレ萌えにも当てはまるという。ロリータ・コンプレックスは「無垢」な少女に欲情するものであって、もし彼女と性交してしまったら、それは少女ではなく「女」になってしまうから。また、どんなにコスプレに萌えても、いざ行為に及ぶため脱がせてしまえば裸になってしまう……というのだが、果たしてそうだろうか?

ロリータ ナボコフ『ロリータ』の語り手であり少女性愛者でもあるハンバート・ハンバートは、少女と肉体関係を持った後でも、崇高な存在として宝物のように扱う。逃避行の乱れた生活の中で荒んできたとしても、彼の「ロリータ」は変わらない。なぜなら、現実の少女ドロレス・ヘイズではなく、彼の内面に映る「ロリータ」こそが至高の存在なのだから。同様に、BL腐女子が男性同性愛者と寝ても、侵犯したことにはならないと考える。腐女子が望むのは、男×男なのであって、現実に女と関係を持つ男とは別のものなのだ。ロリコンであれ、BLであれ、抽象化した関係に惑溺するものだから、リアルがどうあれ、脳内が現実になる。

城の中のイギリス人 このように、作者と問答しながら読み進めると、新しい作品の発見のみならず、自分の中で抱いていた答えを掘り当てることもある。なかなか愉しい読書案内である一方、「それ入れるならコレ外すなよ」とツッコミたくなるのもいくつか。本書は、禁断の書を中心としたソドムの図書館なのだから、マンディアルグ『城の中のイギリス人』や野坂昭如『骨餓身峠死人葛』といった背徳小説を並べるのは素晴らしい。巨大な蛸がうごめく水槽に少女を突き落とし、墨と吸盤にもみくちゃに吸われているところを犯す、という場面から、マンディアルグは葛飾北斎『海女と蛸』を見たのではないかと想像できる想像力が凄い。

ジェローム神父 だが、これらを入れるなら、甘酸っぱい思春期を、残虐美とエロスで塗り固めたジャック・ケッチャム『隣の家の少女』がないのはなぜ? 食人猟奇の残虐性と少女性の両方を堪能できる、澁澤龍彦+会田誠+マルキ・ド・サド『ジェローム神父』は絶対でしょうに。丸尾末広をマンガとして推すなら、氏賀Y太や早見純は入れようよ、好みの問題というよりも、この図書館を「ソドム」と名づけるなら。エロスとタナトスのキーワードで論評するなら、命がけのオナニーをルポルタージュした『デス・パフォーマンス』は必携でしょう……など等、次々と出てくる。わたしの中に、暗い穴が開いていることがよく分かる。ツッコめばツッコむほど、穴を覗き込むことになり、その向こう側でこっちを視ている気配がはっきりしてくるのが、怖い。これは、そういう意味で、とても怖い本でもある。


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