この世で一番、こわいもの
ゾンビや異性、テロリズムから饅頭まで、世の中に「こわいもの」は沢山ある。もちろん人それぞれだろうが、「自分にとって、一番こわいもの」は何だろうか?
そんなテーマで、「こわいもの」が集まったのが、今回のスゴ本オフ「こわいもの」だ。スゴ本オフとは、好きな本を持ちよって、まったり熱く語り合う読書会なのだが、本に限らず、映画や音楽、ゲームまで幅広く集まった。最新情報は、スゴ本オフへどうぞ。
ホラー系なら分かりやすいが、ホラーでない場合、「なぜ"それ"が怖いのか」が興味深かった。当日のtwitter実況まとめは、『エクソシスト』原作に秘められた謎から、世論を操る『戦争広告代理店』、貧しさと同調圧力の怖さを描いた『破船』まで、「こわいもの」のスゴ本オフをご覧になっていただこう(zubapitaさんありがとう!)。
ここではまず、わたしにとって、最も怖いものを先に告白しておこう。結論を先に言うと、最も怖い存在は、人だ。なかでも一番は、「わたし」という存在そのものだ。
いま「Dark Souls 3」にドハマりしている。剣と魔法のRPGで、人生最高のゲームである。そこで最も怖い存在は、人だ。もちろん、対峙する敵は恐ろしく、Z指定の残虐シーンも山とある。雑魚でも囲まれれば瞬殺だし、ボスは信じられないくらい硬くてデカくて強い。どうしても辛い場合は、オンラインで協力プレイすることができる。これが、涙が出るほどありがたい。
しかし、そうやって攻略するにつれ、今度は「人」が、手ごわい敵となる。つまり人は、オンラインで協力プレイもできるが、反対に、敵対プレイヤー(PK:Player Killer)となって襲ってくることもある。どんなモンスターでも、攻撃パターンを読めば勝てるが、人は違う。裏の裏をかき、卑怯な(≒合理的な)やり方で殺しにくる。
最初は「モンスターを倒して探索する」ゲームだったのに、「化物だらけの世界で人どうしが殺しあう」場となっている。モンスターと違い、「人」はパターンがない。「何をするか分からない」のが怖さの本質だ。これは、ゾンビ映画のお約束だね、はじめはゾンビが怖いけれど、次は安全な場所や資源の奪い合いで、生きている人が怖くなる。そして、人は、信じられないほど残酷になれる。
さらに、人(PK)どうしの闘いも乗り越え、なんとか勝てるくらいにまで上達すると、物足りなくなる。あれほど怖かったモンスターも、PKも、慣れてしまうのだ。そして、今度はわたし自身が敵対プレイヤーとなって腕試しをしたくなる。何度も心折られ、ビクビクおびえながら進んでいたダンジョンを、笑いながら「人」を探しながら殺しに行く自分が怖くなる。
そこで紹介したのが、映画『ファニーゲームU.S.A』と『冷たい熱帯魚』、そしてノンフィクション『消された一家』だ。これは、「人は、何をするか分からない」と「人は、慣れることができる」を、イヤというほど教えてくれる。
ミヒャエル・ハネケ監督『ファニーゲームU.S.A』は、観る人を嫌な気持ちにさせよう、観たことを後悔させてやろうという悪意に満ちた映画だ。バカンスに来た3人家族が、掛け値なしの暴力に蹂躙され、酷い目にあう話なのだが、「不快指数100%」はその通り。映画や物語といったパッケージに包まれていない、ナマの暴力をそのまま目撃できる。
どんなに酷い話でも、「これは映画だ、お話なんだ」と自分に言い聞かせることで、最後の逃げ場が用意されている。だが、これはそうさせてくれない、逃がしてくれないのだ。愛犬家殺人事件をモチーフにした『冷たい熱帯魚』、家族のなかで殺し合いして死体の処理をしていった『消された一家』もそう。ありえない話なのだが、暴力とはそういうもの。観るにつれ・読むにつれ慣れていく。閾値を超えた暴力に慣れていく自分が、いちばん怖い。
これを超える「こわいもの」はないだろう……と思っていたが、甘かった。スゴ本オフは凄いね、わたしの想像の向こう側の出会いがたくさんあった。
たとえば、『エクソシスト』。「この恐怖を越えた映画はいまだ存在しない」というキャッチフレーズで有名な映画―――と思いきや、原作の小説のほう。少女に憑いた悪魔を追い払う、悪魔祓い(エクソシスト)の話は同じだが、力点が違う。映画では、少女の変貌と神父との闘いの壮絶なシーンが目に焼きついているが、小説は神父に悪魔祓いを頼むまでの葛藤に重心がある。
この神父、実は精神病理の専門家で、少女の狂態は二重人格ではないのかと疑う。そうんな神父視点で見ていくと、確かにそう思えてくる。だがエスカレートする事態に、結局は悪魔祓いをすることになり、そこから先は映画の通りの悲劇が。そして、読者は釈然としないまま取り残される。もし、神父の仮説が正しかったのなら、この悲劇は一体なんだったのか? そこが、一番怖いというのだ。わたしは、映画も原作も観た/読んだけれど、そういう「読み」ができるとは知らなかった。この観点は、イヴァシュキェヴィッチ『尼僧ヨアンナ』を彷彿とさせられるので、読み比べてみよう。
高木徹『戦争広告代理店』で紹介される「こわさ」も本物だ。ボスニア紛争の「報道のされ方」を追ったノンフィクションなのだが、「正義とは演出されるもの」であることが、怖いくらい身に染みる。ボスニア側がセルビア人を悪者にするため、PR会社が駆使する様々な広報戦略が紹介されている。典型的な「民族浄化」のキャンペーンにより、セルビア人が戦争犯罪者となり、国際世論が空爆を後押しする。
人は「ストーリー」を信じたがる。起きたことの原因が示されると、それを信じる性質がある。だからニュースは「ストーリー」ありきで、それに沿うように「証拠」が集まり「編集」「演出」される。世論の誘導手法を知るにつれ、マスコミや報道、ひいては本書さえも信じられなくなる。
いわゆる王道ホラーもある。スティーヴン・キング『シャイニング』『クージョ』の他に、小野不由美『残穢』が気になった。お薦め(?)する人が、「怖すぎて、最後まで読めてません」と指でつまんで持ってきたのだ。最後まで読んでないのに、いいの? と聞くと、最後どうなるか気になって、顔を背けながら腕を伸ばしてパラ見したから分かってますとのこと。なにこれ大好物なんですけれど。『屍鬼』とか楽しませてもらったし。「本棚に置いておきたくないので、誰かに押し付けたい」と正直なので、ありがたくいただく。
で、読んでみたら……ああ、確かにこれは、祟る本やね。「そこに、あるはずがないもの」を、直視をうまく回避させながら語る。輪郭を描かずに細部と空気だけで見せるのが上手い。知らないほうがよかった、物語りそのものの怖さというよりも、むしろそれに纏わるメタなところで障るやつ。関わらないほうがいいかも。
ご興味のある方に紹介するなら、怪談系でわたしにとって最恐は、小池真理子『墓地を見おろす家』だ。読むほどに、のめり込むほどに、「そこにいる」感が強まっていく、怖い怖いお話だ。新作は、これを超えているかが評価基準になるし、そういう本はめったにない(Amazonレビューで叩く人は、代わりの作品を示して欲しいのだが、悲しいことに見当たらない)。『残穢』は、これには届かないけれど、怖い本というよりも、嫌な本だね。読むにつれ、自分の手が穢れていくような、(一人なら)後ろを振り返りたくなくなるドキュメンタリー・ホラーだね。
嘘、病気、事故、殺人鬼、幽霊、そして自分自身。「こわいもの」が一杯だけれど、こうして並べてみると、わたしが好きなものばかり。今回集まった作品は以下の通り。怖いもの見たさで、お試しあれ(一部、劇物がありますぞ)。
事実は小説よりも怖い
- 『ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』高木徹(講談社)
- 『外道クライマー』宮城公博(集英社)
- 『凶悪・ある死刑囚の告白』新潮45編集部(新潮文庫)
- 『空気』の構造: 日本人はなぜ決められないのか』池田信夫(白水社)
- 『消された一家』豊田正義(新潮文庫)
- 『痛風―ヒポクラテスの時代から現代まで 』木原弘二(中公新書)
- 『野蛮な進化心理学』
王道ホラー
- 『エクソシスト』(創元推理文庫)
- 『クージョ』スティーブン・キング(新潮社)
- 『リカ』五十嵐貴久
- 『禍家』三津田信三(光文社文庫)
- 『残穢』小野不由美(新潮社)
- 『百鬼夜行抄』(朝日新聞出版)
- 『能登怪異譚』半村良
ミステリ・文学に潜む怖さ
- 『イニシエーション・ラブ』乾くるみ(文春文庫)
- 『メドゥサ鏡をごらん』井上夢人(講談社文庫)
- 『ラバーソウル』井上夢人(講談社)
- 『Another』綾辻行人(角川文庫)
- 『いま見てはいけない』ダフネ・デュ・モーリア(創元推理文庫)
- 『シャドー81』ルシアン・ネイハム(ハヤカワNV)
- 『スクールカースト殺人事件』堀内公太郎(新潮文庫)
- 『テレーズ・デスケイルウ』モーリヤック
- 『ブラックサッド 極北の国』フアンホ・ガルニド、ファン・ディアス・カナレス(飛鳥新社)
- 『悪女について』有吉佐和子(新潮社)
- 『ロウフィールド館の惨劇』ルース・レンデル(角川文庫)
- 『肩胛骨は翼のなごり』デビッド・アーモンド(東京創元社)
- 『告白』湊かなえ(双葉文庫)
- 『想像ラジオ』いとうせいこう(河出書房新社)
- 『同居人求む』ジョン・ラッツ(早川書房)
- 『特捜部Q 檻の中の女 』
- 『破船』吉村昭(新潮文庫)
- 『白いへび眠る島』三浦しおん(角川書店)
- 『0をつなぐ』原田宗典
- 『優しくって少しばか』原田宗典
- 『肉体の悪魔』ラディゲ
- 『日の名残り』カズオ・イシグロ
映画・ゲーム・音楽・コミックなど
- 『マイノリティ・リポート』スティーヴン・スピルバーグ監督
- 『ウェイヴ』デニス・ガンゼル監督
- 『ファニーゲームU.S.A』ミヒャエル・ハネケ監督
- 『シャイニング』スタンリー・キューブリック監督
- 『冷たい熱帯魚』園子温監督
- 『ダーク・ソウル3』フロムソフトウェア(PS4)
- 『わたしは真悟』楳図かずお
- 『ヤミヤミ』やくしまるえつこ
ちょくちょくやっているので、お時間と興味が合えば。途中参加・退場・見学歓迎、最新情報は、スゴ本オフへどうぞ。
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