それが好きなら、これはどう?『きっとあなたは、あの本が好き。』
「なにか面白い小説を教えて」という質問が悩ましい。「どんなのが好き? ジャンルや時代、国内外でリクエストある?」と尋ねると、「なんでもいいから面白いやつ」と返ってくる。面倒くさいから、ナントカ賞とかベストセラーから選べと言うと、そうじゃない、微妙に肌が合わないのだと難しいことを言ってくる。そんなときのマジックワードがこれだ。
誰か気になる作家いる?
「なにか面白い小説を教えて」という質問を"わざわざ"してくる人は、それまでの読書経験から小説の面白さは知っている。そして、お気に入りの作品や気になる作家がいる一方で、話題性だけで選んで時間とお金をムダにした経験も持っている。だからこそ、気になる作家から連想される作品を紹介するやり方が効く。
わたしが好きな作家を好きなあなたが好きだとお薦めしてくる作品は、かなりの確率で鉄板だ。本書は、都甲幸治を中心に、作家、翻訳家、書評家が集まって、オススメ本を紹介しあうという、ある意味プロの鉄板が堪能できる。ただし、「鉄板≠定番」でないのが妙味なところ。未読本なら「こんな本があるのか!?」と嬉しい悲鳴を上げるとともに、既読本だと「こんな『読み』ができるのか!?」と驚くはず。
たとえば、村上春樹が気になる人にオススメしてくる理由が良い。彼の作品には、世界と自分のズレというか、現実を自分のものとして把握できない恐れのようなものが根底にあるという。そして、現実から隔離されたような感覚を描くことに成功したのが村上春樹だという認識で、彼に先行した作家として古井由吉『杳子』を挙げてくる。そして、脳内のリアリティと論理で動いていくという共通点から、「村上春樹より怖い世界」という謳い文句でカズオ・イシグロ『充たされざるもの』をお薦めしてくる。
さらに、その背景には「政治の季節が終わった後、いかに美しく生きるか」というテーマがあると分析して、このテーマがアジアで共有されていると指摘する。その流れで、ポスト天安門小説であるイー・ユン・リー『独りでいるより優しくて』を推してくる。確かに、イデオロギーが引っ込んで、匂いというか「やれやれ感」は似ているかも。
あるいは、ルイス・キャロルが気になる人に、ナボコフ『ロリータ』を推してくる。少女に、男のロマンティシズムの投影しようとした試みとしてなら似通うが、非エロvsドエロなところは真逆なり。ちゃんとそこは汲み取っていて、『ロリータ』が好きな人は『不思議の国のアリス』は微妙かもしれないと釘を刺す。
こんな感じで、大島弓子『バナナブレッドのプディング』から、ミランダ・ジュライ『いちばんここに似合う人』、谷崎潤一郎『痴人の愛』から、三島由紀夫『美徳のよろめき』が飛び出てくる。たとえ既読本でも、なぜそれなのかを聞いていくうちに再読したくなる仕掛け。「気になる作家」の隠れたテーマを読み解いて、そこからつなげる発想が面白いのだ。
……と、誉めて終われば良いのだが、どうしてもダメな一節がある。「伊坂幸太郎が気になる人」の章で、『ファイト・クラブ』の重大なネタバレがされているのだ。お薦めを紹介する本なのに、完全ネタバレをしているのが外道すぎ。
もちろん、鼎談の最中は(相手に確認してから)触れるのはかまわない。だが、そのまとめをする際、編集者はその箇所を伏字にするかぼかすのが常道だ。ネタバレしている人、それを聞いている人には罪はない。何も考えずに編集に携わった人・チェックした人の咎である。本書が、何のための本であるかを、ちょっとでも分かっているなら、こんな酷いことはできないだろうに。もし『ファイト・クラブ』が未読なら、p.210を読まないように(そして一刻も早く、『ファイト・クラブ』を読んでくれ)。
このダメな一点を除けば、素晴らしいブックガイド。あなたが気になる作家は必ずいる。その作家から、思いもよらない作品がどんどん飛び出してくる(あるいは、既読作品の新しい「読み」に出会える)。そういう出会いと驚きに満ちた、まさに「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」一冊。
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コメント
こんにちは。
読んだことのないジャンルの本は特に
自分と趣味の合う人からのオススメを
聞いてから読むことにしているので、
そんな素敵な本があったのかーと
思いながらブログを拝見していましたら
なんと!ファイトクラブのネタバレですか。
それは絶対やっちゃいかんですね。
あれをネタバレされたらなんの面白味も
なくなってしまいます。
私は全然仕掛けに気づかなくて、あの
真相が判明したとき愕然とした記憶が
ありますので。。。
素敵な本なのにもったいない。
投稿: 八朔 | 2016.05.06 18:02
>>八朔さん
コメントありがとうございます。『ファイト・クラブ』のアレは、対面で(相手が把握していることを知りつつ)触れるのはアリでしょうが、本という形で(知らない読者の目に飛び込んでしまう)ネタバレは駄目でしょう。ひとえに、編集者の咎でしょう……
ただ、これを除けば、コンセプトもお勧め作品も素晴らしくいいものなので、ぜひ手に取ってみてくださいまし。
投稿: Dain | 2016.05.06 18:35