『時間SFの文法』決定論/時間線の分岐/因果ループ
面白くて危険な書。
「時間SF」とは、特殊な時間世界を設定した上で、時間旅行のような特殊な経験を描いた作品を指す。タイムトラベルとかループものといえばピンとくるだろう。
著者は、古今東西の小説、映画、アニメにおける時間SFを読み解きながら、基本的なアイディアや物語パターンを整理する。その上で、現代の時代感覚と照応するアイロニーやニヒリズムをあぶりだす。様々な定義や区分けを行っているが、代表的なものを書き出してみた。
- タイム・トラヴェル型(意図した時間に計画的にジャンプ)
- タイム・スリップ型(否応なしに強いられた時間移動)
- シャッフル型(ジャンプ先がランダム)
- 歴史改変型
- 歴史不変型
- 並行世界型
- 生き直しパターン
- 再生パターン
- 反復世界型
- 逆行もの(時を遡上する)
- 異時間通信もの(メッセージが時を超える)
- 偶然世界型(些事の積み上げの中に分水嶺が潜む)
- 改良偽装型
- 自己増殖型
- 時の果てを望む(時間の外へ)
ハインライン『夏への扉』や小松左京『果てしなき流れの果てに』、桜坂洋『All You Need Is Kill』やグリムウッド『リプレイ』など200作品を俎上にのせ、時間SFの広さと深さを探究する。物語のパターンを俯瞰していくと、作品ごとに時間の捉え方が違う。そこでは、物語が時間というものをどのように理解しているのかも併せて考察する必要が出てくる。面白いのは、そこで展開される批評だ。タイム・パラドックスと決定論世界を論じ、時間SFに隠されているニヒリズムを指摘し、物語論としての読み直すアプローチを示す。
だが、かなりの作品のオチやトリックを盛大にネタバレしている。分析の性格上、ストーリーの根幹にどうしても触れざるを得ないため、ラストのどんでん返しまで明かされる。たとえば、R.F.ヤング『たんぽぽ娘』のエッセンスが4行にまとめられており、不覚にも涙してしまったが、これは実際に読んで味わいたかった。
いっぽう、読んだ記憶はあるのだけれどタイトルが思い出せなかった傑作にいくつも再会できた。時の流れを数万分の一にする機械に閉じ込められた男と、彼に会いに来る彼女との悲恋や、些細なことで喧嘩別れして、そのまま死んでしまった愛妻に会うために時の門をくぐる夫の話など、懐かしすぎる。
残念なのは、時間SFに突きつけられた問題に気づいていない(目を背けている?)ところ。タイムトラベルはテレポーテーションでもある。時間移動は、空間移動も一緒に考える必要があるにもかかわらず、あくまで「時間」だけしかスコープに入っていない。
つまりこうだ。地球はおよそ時速1600kmで回転している。仮にタイムマシンで一時間前に戻るならば、出発地点と同じ場所に出現するためには、同時に1600km移動しなければならない。そして、地球は太陽の周りをおよそ時速1万6624kmで回っている。したがって、一時間前に戻るならば、同時に1万8224km移動しなければならない。
まだある。太陽も時速8万6400kmで銀河を移動していたり、銀河もアンドロメダに向かって時速24万kmで移動していたり、さらに我々の宇宙がある場所自体が、乙女座グループの方に時速160万kmで移動したり、さらにさらに、乙女座グループも含めたグレートアトラクターと呼ばれる道の空間に、時速214万7200kmで移動している。
そもそも「時間」なんて出来事を便利に伝えるための方便にすぎない。だいたい「一日」なんて、それこそ毎日変わる適当なもの。人は現在・過去・未来と分けて認識し、文法構造もこの区分に基づいている。人生とはすなわち今であり、今だけでしかないとするならば、時間とはすなわち、命を微分したものになる。
だが物理学からすると幻想にすぎないらしい[時は流れない/日経サイエンス)]。そうだな、時が流れるのではなく、わたしが古びていくだけなのだ。サイエンス・フィクションとサイエンス・ノンフィクションの間に立つと、わたしの認識がよく見える。
ひょっとすると、時間Science Fictionは、科学の装いをしたFantasyなのかもしれない。人が、時間というものをどのように理解している(理解したいと考えている)のかを映し出す鏡として、時間SFがあると考えると面白い。運命は変えられるのか、上書きされるのか、やり直しはできるのか、決定されているのか? 次の時間SFを読むときに、そこで扱われる「時間」の概念と、わたしの認識のズレを楽しもう。
時間SFのガイドブックであり、百科事典でもある一冊。
| 固定リンク
コメント
梶尾真治ですね>閉じ込められた男のすこし不思議な話
このブログで思い出しました。
内容をちゃんと忘れてから再読したいのに、忘れ難くて困ります。
投稿: | 2016.03.14 14:36
>>名無しさん@2016.03.14 14:36
正解です。本書はたくさんのネタバレに満ちているので、紹介するのに苦労しました。
投稿: Dain | 2016.03.14 23:02