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日仏科学医療対話「なぜエラーが医療事故を減らすのか」まとめ

 日仏科学医療対話を見てきたので、まとめる。

 日仏の研究者や医師が分野を超えて相互交流をするシンポジウムで、在日フランス大使館が後援する「日仏イノベーション・イヤー」のプログラムの一環になる。

 10/19 講演会と討論会
 「医療安全を考える なぜエラーが医療事故を減らすのか」

 10/23-24 日仏医学コロック
 「脳と心 日仏クロストーク」

 10/26-29 数理モデルとその応用に関する国際会議
 「自己組織化」

 11/6 講演会と討論会
 「憎むのでもなく、許すのでもなく レジリエンスを語る」

 わたしが見てきたのは、「医療安全を考える」講演会&討論会[日仏会館]。ローラン・ドゴース氏が基調講演を行った。氏は『なぜエラーが医療事故を減らすのか』の著者で、この[レビュー]が縁となって本講演会のことを知らせてもらった(山田様ありがとうございます)。

なぜエラーが医療事故を減らすのか 講演は、「犯人探しだけでは医療は良くなるのか?」という問いかけに始まり、大きな事故が発生したとき、根本原因を究明し再発を防止するというアプローチには限界があると説く。複雑系そのものである人体を相手に、これまた複雑に巨大化した現代医療システムを完璧に適用することは、事実上不可能。医療行為の手順をどんなに徹底させても、予想外の要素が重なった場合、防げない事故は必ずあるから。むしろ、予想外の事象に気づき、柔軟に対応できる弾力性(レジリエンス)こそが重要だという。

 ドゴース氏の講演を受け、討論会が行われる。パネリストは下記の通り。レジリエンス・エンジニアリングや医療従事者の「良心」のありかたなどが話題となった。

  橋本廸生(日本医療機能評価機構理事)
  長谷川剛(上尾中央総合病院院長補佐・情報管理部長)
  永井裕之(「医療の良心を守る市民の会」代表)

 特に興味深かったのはレジリエンスを実現する具体的な方法の議論だ。安全性のノウハウは学習できるもので、全国一律に展開(規制)したり教科書のように標準化することも可能。ただし、ノウハウを展開しても、現場には「常識」のような事例にとどまる。

 いっぽうレジリエンスはローカル(局所的)なもので、病院ごとに異なる。再発防止のため本当に自由に話してもらうためには、局在性(≒密室)が必要になる。飛行機事故調査における「パイロットと管制官だけ」のように、「医師と看護師だけ」での院内レビューが重要だという。レビュー結果を報告する段階で遺族が同席するのはいい。だが、遺族が原因究明の場に入ると、病院側は真実よりも自己正当化を優先するから。

 フランスでは、「原因究明・改善」と「被害者・遺族への補償」をセットで提供するようにしたため、犯人探しの輪から抜け出すことが可能となった。この「原因究明・改善」は病院ごとのローカルなレジリエンスで、「被害者・遺族への補償」は全国的な制度となる。

 ローカルスキルの蓄積と、制度的な安全システムとの対比は面白い。だが、最初から標準化に背を向けたレジリエンスをどのように評価するかは、別の問題。なぜなら、評価には必ず他病院との比較観点が入るから。一定の標準化された安全性に加え、柔軟性や「うまくやっていく能力」こそが求められるようになるのだろう。

最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか レジリエンス・エンジニアリングの考え方は、医療現場に限らず、あらゆる組織のリスクマネジメントに役立つ。『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』や『失敗のしくみ』を読みながら、自分でエラーに気づき是正できる文化を考察したことがある。飛行船墜落や原発事故、ビル倒壊など50あまりの事例を横断的に眺めながら、人的要因とメカニズムをドキュメンタリータッチで描いたものだ(ちなみに、「最悪の事故が起るまで人は何をしていたのか?」の答えは、「最悪の事故になるとは思いもせず、別のインシデントだと考えて行動していた」だ)。

 要するに、むかし流行った「失敗学」である。そこでは、エラーのデータベース化によって、失敗を排除するための標準化・手順化に注力していた。一般的なヒヤリハット集なんて、あたりまえすぎて参考にならない。問題は、次の想定外が起きたとき、それが「想定外のインシデントである」と早く気づけるスキルであり、そのインシデントをアクシデントにさせない打ち手を柔軟に考えられる能力なのだ。Hollnagel『レジリエンスエンジニアリング』をとっかかりにしてみよう。

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