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基本から詭弁まで『議論の技術』

 よい議論のためのルールとメソッドを、懇切丁寧に説いた好著。類書と一線を画しているのは、ルール破りや詭弁術の見抜き型・対策まで網羅しているところ。議論の技術とは、ルールブレイカーを追い詰める技術なのかもしれない。

 「よい議論」とは、主張のメリット・デメリットを掘り下げ、お互いにとって望ましい結論を導き出せる話し合いのこと。言いたいことをまくし立て、声の大きさやマウンティングで勝ち負けを決めるようでは失格だ。残念ながらそういう輩は会議室に跋扈しているものの、マシンガントークや詭弁使いにとどめを刺す方法も書いてあるのでご安心を。

 議論の技術は5つの基本技術から成り立つという。

  1. 伝達の技術 相手に分かりやすい話し方
  2. 傾聴の技術 議論の流れを正しく把握する
  3. 質問の技術 論点を深める効果的な聞き方
  4. 検証の技術 間違った意見に惑わされない方法
  5. 準備の技術 シナリオを作り予防線を張る

 ロードマップやラベリングにより、主張の見通しがよくなるとか、主張を聞いたら根拠を問い、根拠を聞いたらデータを問えなど、議論に限らず、プレゼンテーションでも気をつけたいポイントがコンパクトにまとめられている。

 面白いのは、飛ばし読みを前提にしているところ。概略→詳細で階層構成されており、章の冒頭を押さえるだけで、深く読み込むべきか、流し読みでよいかが見える。知識としてはあったものの、具体的な攻手を知らないが故に使えていなかったテクニックが「悪例」「好例」として紹介されているのが嬉しい。

 たとえば、「沈黙は了承である」というルール。自分が出した主張に反論せず、相手が別の主張を掲げてきた場合、すぐにそれに乗ってはいけない。まさに向こうの思うツボで、議論ルール破りの常道テクニックだから。沈黙はスルーも含む。スルーされたら「それは了承と受け取るがよいか?」と釘を刺す。本書では、コスト削減のため、中国にアウトソースしようという主張に、「反日感情などで中国のビジネスはリスクが高すぎる」と反対される会話が出てくる。この反対意見への反論は、「リスク対策は後で議論するとして、コスト削減という点については認識が同じと考えてよいか?」と念押しすることが正解だ。

 あるいは、言いだした側が証明する、立証責任のルール。議論が上手い人は、立証責任を負わせるのが上手な人だと言い切っても過言ではない。本書では、手を変え品を変え、相手に立証責任を押し付けるテクニックが散りばめられている。たとえ自分が言いだしっぺで、「○○すべき」と立証しなければならない場合でも、「あなたは反対なのですか? なぜ反対なのですか?」と質問することで、立証責任を相手に負わせることができる(ルール違反だけど)

 人というのは不思議なもので、「なぜですか?」と聞くと、反射的に答えてしまうもの。「その質問になぜ私が答えなければならないのか」と一拍おいて考える人は、あまりいない。会議で逃げるのが上手な人、相手を言いくるめるのが上手い人は、これをやっている。やられたときの正解は、「私はあなたの質問に答えました。だから、あなたは"なぜ賛成なのか"について理由を述べるか、私が述べた理由に反論してください。しないのであれば、私の理由に納得いただいているという認識でよろしいですか?」と切り返す。

 特にタメになるのは、議論から逃げる技術と追う技術だ。立証責任の押し付けに限らず、ルールや定石を逆手にとったり悪用することで、有利に進めようとする人がいる。口で仕事する人、たとえば政治家なんかがそうだ。上手く追い込めるか逃がしてしまうかは、質問の仕方に掛かっている。本書では、不適切な方法で集めたお金を政治献金として受け取っていたニュースの事例で紹介されている。

政治家の弁「どのように資金を集めていたのか全く知らなかった。知っていれば初めからもらわない。職務に関して頼まれ事は一切ない。きちんとした扱いの献金であり、返却することはない」

 これを追い込むには、どうすれば良いか? まずは、逃げられてしまう悪い質問の例を挙げる。

【Q】職務に関して、不適切な政治献金を、なぜ返却しないのか?
【A】手続きはきちんとしている。何か見返りを依頼されたわけでもない。問題ないから、返却しなくてもいい

 これは、「なぜ」というオープン・クエスチョンを使ってしまったため、相手の好きなように答えられてしまったアンチパターンだ。言い逃れさせないためには、クローズド・クエスチョンを使えという。こうだ。

【Q】不適切な方法だと知っていれば、初めからもらわないのですね
【A】はい(としか答えられない)

【Q】もらわないのは、資金集めの方法が不適切だからですね
【A】はい(としか答えられないし、他の理由もない)

【Q】資金集めの方法を事前に知っていようと、知ってなかろうと、不適切なお金は、不適切ですよね
【A】はい

【Q】つまり、事前に知っているかどうかは無関係なのに、その無関係なことを根拠に、汚いお金でも受け取るということですね
【A】......

 自分の望む方向に議論を誘導したい場合、クローズド・クエスチョンは非常に有効だ。だが、この手法は論理的な議論では使ってはいけないと釘を刺してくる。いわゆる、誤った二分法や藁人形攻撃といった詭弁が入り込んでくるから。上述でも、攻撃しやすいように、「不適切なお金」を「汚いお金」に言い換えている。

 後半の実践編になると、様々な議論の「逃げ方」と「追い方」が紹介される。不当予断の問い(もう奥さんを殴るのはやめたのかい?)への対処。論点ずらしに気づくためのテクニックと、ずれた論点の戻し方。データに暗示させて主張を明確化しない奴をどう捌くか。因果関係と相関関係の(意図的な)取り違えを取り締まるやり方。誤った二分法(増税か財政破綻か)の取り扱いなど等……ルール違反への対処法が山盛りとなっている。

 どのやりとりも、テレビのインタビューで、会議室で、まとめサイトで、きっと見たことがあるだろう。上手く言い包められたかのような違和感とモヤモヤ感が、これで拭ったようになるに違いない。そして、次にこの詭弁を朗ずる連中の尻尾をどうやって捕まえて、どのように屠ればよいかが分かるだろう。

 コンパクトながら、基本術から詭弁術まで取り揃った一冊。

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