『こころ』を読んだら、これを読め
好きな本を持ちよって、まったり熱く語り合うスゴ本オフ。
毎度まいど、収獲量が桁違いのブックハンティングで、やはり今回も凄かった。お題は夏目漱石の『こころ』。初の課題図書なのだが、これ読んで感想を言うありきたりな読書会ではない。『こころ』を読んだ人にオススメする作品を紹介するというメタ的な読書会なのだ。
あまりにも有名な『こころ』を、いかに教科書的でない読み解きをするか? ここが肝でスリリングなところ。みなさまの発想力と独創性により、意外だけど納得できる本が集まった。わたしもアクロバティックな読みを目指したつもりだけれど、予想のナナメ上を飛翔する想像力にやられましたな。集まった作品の書影は[リブライズ]に、tweetはTogetterまとめ[『こころ』はミステリだった? ハードボイルド? 恋愛小説? スゴ本オフ「漱石の『こころ』の次にオススメする本」]にまとめてありますぞ。
まず、『こころ』をミステリとして読むやりかた。なぜ先生は死ななければならなかったのか? 語り手である「私」はどうなるのか? など、描かれなかった欠片を補う、謎解き『こころ』。なかでも『「こころ」で読みなおす漱石文学』は白眉で、解答の見事さもさることながら、再読へと誘う仕掛けがいい。また、『漱石の実験』は凄い。「なぜずっと後になって先生は死んだのか」に着目して、超絶かつ納得の"真犯人"をあぶりだす。こういう書き方そのものがネタバレなのだが、そこへ持っていく技量は文学者ならでは。
そして、ハードボイルドとして『こころ』が読めるというアイディアに驚く。主人公が、ある男と出会うところから物語が始まる。その男の生き様に共感し、交流を深めるのだが、暗い影が付きまとっており、それは過去の恋愛と嘘と死のもつれから始まっていた―――という共通点から、チャンドラー『ロング・グッドバイ』が出てくる。さらに、『グレート・ギャッツビー』-『羊をめぐる冒険』とつなげていくと、いかにも『こころ』の人物が言いそうなセリフが頻出していることに気づく。信条を貫こうとするキャラクターを、感情を省き、簡潔な言動で描くところは、確かに同じ匂いがする。
三角関係、自己欺瞞、こじらせ男子からボーイズ・ラブまで、様々な"読み"のうち、一番びっくりしたのは、「先生=女」説。序盤の鎌倉の海岸のエピソードで先生を女だと思い込み、立ちションの件で間違いに気づいた話が面白い。先生の性差のイメージが中途半端というか、トランスジェンダーな感じを受けたという。自分の中の性差を試されるような読書体験は、100年も読み継がれてきたからできたようなもの。
この、先生の性差の曖昧さから、ペドロ・アルモドバル『トーク・トゥ・ハー』が出てくる発想が素晴らしい。愛する女が昏睡状態になってしまったため、必死に看病を続けるふたりの男の物語だ。相手の意思に関係なく一方的に与えることができるのは、「愛」の喜びなのか? これ観たあとに『こころ』を読むと、また違った感情が抱けそう。
エピソードやキャラクターのイメージ連想により、『こころ』をいくらでもずらし、重ね、拡張できるのが愉しい。そして、連想先の作品からフィードバックすると、『こころ』がまた別モノとして新鮮に読めるのが嬉しい。恋愛小説としてとらえて『源氏物語』を推したり、善人が悪事をなし悪人が善を施す「人のゆらぎ」から『鬼平犯科帳』が出てきたり、遺書による告白オチから『ジーキル博士とハイド氏』が、親族に騙されるエピソードから『ハムレット』が飛び出してくる。いったん出てくると、さもありなんという風に見えてくる。読書の自由を満喫するラインナップとですな。「死んでいった人たちの記憶を引きずりながら生きている人たちに向けた物語として、『こころ』と供に『海街diary』(ただし映画版)がお薦めされる。映画版はスルーしていたが、なるほど『こころ』とあわせることもできるのか。
コミック版『こころ』もある。省略しがちな表情がダイレクトに描かれているので、入りやすい一方で解釈が染まりやすいので要注意。入門者向けの「まんがで読破」シリーズや、大胆に現代風に解釈したオマージュもある。平成の時代で、「明治の精神」なんてないのに、先生はなぜ死ぬのか? と考えながら読むと、ラストであっと驚くだろう(『漱石の実験』に似ている)。さらに、『再話された「こころ」』を読むと、高橋留美子『めぞん一刻』は、『こころ』のパロディではないか? と思えてくる。八神いぶき編だけでなく、『めぞん』全体の構成で、『こころ』を念頭においていたのかも……と考えると、両方とも再読したくなる。読書は、どこまでも自由だ。
いわゆる読書家というか、小説を読み慣れている人ほど、『こころ』を失敗作だと腐す。物語のほつれがあったり、未回収の伏線が放っておかれたりで、知名度のわりに小説としての出来は決してよくない。わざわざ読まなくてもいいんだよ、とまで言う人もいる。
だが、もったいない。100年間、これだけ沢山の人に読み継がれているのだから、通り一遍の教科書的な読みではなく、違う世界、異なる価値観に接続して、離れた舞台で再演させることができるはず。『こころ』を下地に、もっと"読み"を広げることで、読んだ人の感情を普遍化することができる。そんな可能性を確かめるオフ会でしたな。
次回のテーマは、「対決(VERSUS)」。競争、勝負、因縁、対抗、タイマンでも団体でも、博打でもバトルでも、そこへ至る葛藤でも、そこから生まれた悲劇でも、何でもアリ。「対決」という言葉でピンときた作品のうち、一番お薦めできる作品を持ってきて、まったりアツく語り合いましょう。いつも通り、本に限らず、マンガもゲームも音楽も映画もなんでもござれ。途中参加/退場・見学オンリー大歓迎ですぞ。
■ミステリ/ハードボイルドとして読む 『こころ』
『ロング・グッドバイ』レイモンド・チャンドラー/村上春樹(早川書房)
『容疑者Xの献身』東野圭吾
『ロシア紅茶の謎』有栖川有栖(講談社文庫)
『ジーキル博士とハイド氏』スティーヴンスン(光文社古典新訳文庫)
『「こころ」で読みなおす漱石文学』の石原千秋
■こじらせ男子の告白
『人間失格』太宰治(新潮文庫)
『センセイの鞄』川上弘美(文春文庫)
『山月記』中島敦(新潮文庫)
『漱石の実験』松元寛(朝文社)
■心のよすがとしての 『こころ』
『夏目漱石「こころ」2013年4月(100分 de 名著) 』姜尚中(NHK出版)
『心』姜尚中(集英社文庫)
『心の力』姜尚中(集英社新書)
『話虫干』小路幸也(ちくま文庫)
『ブッダのことば』中村元・翻訳(岩波文庫)
『ブッダの真理のことば・感興のことば』中村元・翻訳(岩波文庫)
■恋愛小説として読む 『こころ』
『赤と黒』スタンダール(新潮文庫)
『サロメ』ワイルド/平野啓一郎(光文社古典新訳文庫)
『海辺の恋と日本人 ひと夏の物語と近代』瀬崎圭二(青弓社)
『源氏物語』紫式部
『友情』武者小路実篤(新潮文庫)
『愛するということ』小池真理子
『トーク・トゥ・ハー』ペドロ・アルモドバル(ヴィレッジブックス)
『蹴りたい背中』綿矢りさ(河出文庫)
『うみべの女の子』浅野いにお(太田出版)
■死者と向き合う
『海街diary』吉田秋生/是枝裕和監督(小学館)
『哀原』古井由吉(文藝春秋)
『阿寒に果つ』渡辺淳一(扶桑社文庫)
『草の花』福永武彦(新潮文庫)
『風雪のビヴァーク』松濤 明(ヤマケイ文庫)
■コミックという方法
『こころ』夏目漱石×榎本ナリコ(小学館)
『再話された「こころ」』宮川健朗(翰林書房)
『文豪ストレイドッグス』春河35(角川書店)
『さよなら絶望先生』久米田康治(講談社)
『カフカの「城」他三篇』森泉岳土(河出書房新社)
『まんがで読破 こころ』(イースト・プレス)
『ファミリー!』渡辺多恵子(小学館)
■想像力は創造力
『婦人画報2015年7月号』(110年前の創刊当時の複刻版)
『ビリー・ザ・キッド 21歳の生涯』サム・ペキンパー監督(ワーナー)
『ジャズ大名』筒井康隆(新潮社 『エロチック街道』所収)
『硝子戸の中』夏目漱石(岩波文庫)
『夏目漱石、読んじゃえば?』奥泉光(河出書房新社)
『自分の感受性ぐらい自分で守れ ばかものよ』茨木のり子(小学館)
『不良少年とキリスト』坂口安吾(講談社文芸文庫)
『WONDER』R.J.パラシオ著。中井はるの訳(ほるぷ出版)
『鬼平犯科帳』池波正太郎(文春文庫)
『新訳ハムレット』シェイクスピア 河合祥一郎/訳(角川文庫)
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』村上春樹(文藝春秋)
『倒錯の森』J.D.サリンジャー(荒地出版社)
『高慢と偏見』オースティン(ちくま文庫)
『悲しみよこんにちは』フランソワーズ・サガン(新潮文庫)
『若きウェルテルの悩み』ゲーテ(新潮文庫)
『ツァラトゥストラはこう言った』ニーチェ(岩波文庫)
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