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胡椒の歴史は血で染まっている『胡椒 暴虐の世界史』

胡椒 暴虐の世界史 世界史をコショウで斬ったら血みどろだった。

 歴史を学ぶほどイギリス嫌いになるが、本書はそいつを加速させる。さらにはオランダやスペイン、米国の悪行が暴かれる。割り引かれて記録されたのでこうなのだから、ホントはいかに非道だったか、推して知るべし。正当化された強奪システムの仕掛けが、胡椒という断面から鮮やかに見て取れる。

 食卓に欠かせない胡椒は、かつて非常に貴重な品で、薬として珍重されたり、同量の黄金と取引されたというのは本当だ。だが、腐りかけた臭いを隠すため、あるいは防腐剤としての胡椒は嘘らしい。そもそも高価な胡椒を使えるくらいの金持ちであれば、いつでも新鮮な肉を手に入れることができたはず。胡椒は、金持ちのステータスシンボルだったというのだ。

 そして、熱帯以外ではどうしても育たなかったという事実こそが、胡椒をより貴重なものとあらしめ、ひいては植民地主義と帝国主義という邪悪な歴史を生んだという指摘は鋭い。仮に胡椒が存在しなかったとしても、ヨーロッパの連中は、別の甘い汁を啜るため、暴虐と搾取を繰返しただろう。だが、胡椒というキーワードで観ると、暴力的な人種主義者や、自己正当化にまみれた不正の経緯が焦点となる。確かに、一航海で純利700%を叩き出すようなビジネスなら、国営の軍事略奪ダミー会社を作ってでもやろうとするだろう。

 昔話をしているのに、現代のデジャヴとなっているのが面白い。わずかな給料でこき使う東インド会社は、ブラック企業そのものだし、商売ルートの支配権を争っていたのが、どこかで宗教戦争とすり替わる構図は、キーワードを石油に置き換えればそのまま今に通用する。搾取を互恵にすり替えて、豊かになったのは我々のおかげだから感謝せよという英国式父権主義には反吐が出るが、そうでもしないと補償問題で首が回らなくなるだろう。

 オランダ支配から逃れるための抵抗運動が1890年代にアチェであったが、抵抗側が不利になるにつれ、支配者が死後の栄光を歌い上げるようになったという。そして、今日のイスラーム過激派は、自爆テロの実行者を募るときと同じような言葉を使っていると指摘する。歴史は繰り返すというより、コピーしているね。

 笑ったのは、米国史上初の軍事介入の件。今じゃ民主主義と石油が建前と口実だが、アメリカ合衆国が最初に軍事介入したのは胡椒船の略奪への報復がきっかけだったそうな。フリゲート艦に大量の兵器を積み込んで、一方的に破壊と殺戮を行った点のみならず、後になって議会の承認なしで戦争を始めたとして騒ぎになる点なんて、これっぽっちも変わっていない。

 結局、この殺戮に携わった者が裁かれることもなくウヤムヤになるところもそっくり。著者はヴェトナム戦争との類似点を指摘するが、わたしはそこに未来を見る。ドローンでの殺戮行為が後になって問題となり(ウヤムヤとなる)未来がここに書いてある。

 ヴォルテールが喝破したとおり、胡椒の歴史は血で真っ赤に染まっている。だが、それは人の血ばかりではない。胡椒航路に沿って大量の野生動物が理不尽に殺戮された様子が描かれているが、信じがたい・信じたくない気持ちになる(ドードーは象徴にすぎず、殺され捨てられたゾウガメの甲羅でできた島や、三万頭のアザラシに大砲を撃ち込む話は壮絶なり)。さらに環境破壊が凄まじい。美しく清潔なバダヴィア市をマラリア蚊の繁殖地にし、最終的には地獄にした経緯は、何度も掘り起こし、忘れないようにしないと。

 胡椒の歴史は、そんな血に染まっている。

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