読むなら徹夜を覚悟して『その女アレックス』
なんども瞠目するはずだから、明日の予定のない夜に。
この感覚を伝える、いちばんピッタリする言葉は、あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!『おれは奴の前で階段を登っていたと 思ったらいつのまにか降りていた』である。
物語に作者に登場人物に、投げ飛ばされる先がスゴい。これまで読んできたどのミステリとも異なり、いくつかの傑作を彷彿とさせ、かなりグロい描写と、とんでもない着地点が待っている。完徹保証の◎印。
誘拐・監禁されるアレックスと、犯人を追う警部の展開が、スピーディに交互するが、章を追う毎に全く違う様相と次元を帯びてくる。いわゆるミステリ王道の、読み進めることで新たな発見がある構成ではなく、見えていたはずのものが、これっぽっちも見えていなかったことに気づかされる。「私は今まで、何を読んできたのか?」と何度も自問するに違いない。これを、さかさ絵・騙し絵で評する人がいたが、言い得て妙やね。
まず表紙が嘘だ。アレックスは全裸で木箱に閉じ込められているのであって、椅子に縛り付けられているわけではない。しかも檻は空中につり上げられ、飢えた鼠が眈々と狙っている。誘拐犯の目的は、「おまえが死ぬのを見たい」だけで、なぜそんなことをするのか?自分の糞便と血にまみれ、飢餓と発狂のぎりぎりのところで決死の脱出を図ろうとする───から始まるが、"そういう話"ではない。
なぜなら、冒頭の人物紹介一覧に、誰が犯人か書いてあるから。にもかかわらず読者は、警察と一緒に犯人を探すことになるだろう。それだけでなく、なぜそんなことをするのかも悩み、仮説を立て、裏切られ、ハッと思い当たり、愕然とし、慟哭するだろう。優れたミステリを読んだという経験とは全く異質のドライヴがかかるに違いない。プロットのイントロダクション以上に踏み込めない。そして読み終えたいま、振り返ってみるならば、やはり表紙の女はアレックスなのだ、と思い至るだろう。
何に似ているとも言えないので、マウス反転で書いておこう。強いて言うならば、これはジェフリー・ディーヴァーだと思っていたらウィリアム・アイリッシュであり、ジャック・ケッチャムだと思っていたらトマス・クックだったくらいの変化を見せる。それくらい、ドンデン返しのレベルを超えており、かつてない読書体験を請け負う。言い換えるなら、これを超える(≒似た)作品を挙げられるか、ちょっと考えて欲しい。皆無だから(万が一あるならば……請う!)。
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コメント
ゆっくり読もうと思っていましたが、物語の力がそれを許しませんでした。傑作だと思います。ご紹介、ありがとうございました。
投稿: YOSI | 2014.11.20 12:53
>>YOSI さん
コメントありがとうございます、楽しめていただいて、わたしも嬉しいです!
投稿: Dain | 2014.11.20 22:26
初めまして!
本書を今朝読み終えたミステリ初心者です。
ヒロイン?の印象がどんどん変わっていくのがおそろしいほどでした。
最後の「真実より・・・」は皮肉でしょうか?
ミステリ読みの先輩、教えてください。
お願いします。
投稿: S島 | 2014.12.23 21:30
>>S島さん
コメントありがとうございます。「真実より正義」は、皮肉でしょうね。うすうす気づいてはいるものの、だれも言葉にしないままなので、作者が最後に効かせたエスプリだと思います。
投稿: Dain | 2014.12.27 14:39
表紙イラスト。
あれは物語本文には書かれていない
若いアレックスの姿ではないでしょうか。
投稿: 出淵平吉 | 2015.01.08 22:39
>>出淵平吉さん
なるほど!
その観点は良いですね。描かれていないことだからネタバレにならず、なおかつ彼女の心理的状況(実際も?)を映していると考えれば本編の裏付けにもなりますし。
投稿: Dain | 2015.01.11 07:16
相変わらず、鋭い文章ですね。
今更ながらこの作品を読了し、
「吉野家」に入ったと思ったら、
「すき家」から出てきて
「マクドナルド」で食事をしていたら
「ユニクロ」で服を買っていて、
「ヤフオク」で品物を落札したら
自分の宝物を発送し終わっていた。
そんな複雑怪奇な読了感でした。
村上龍「五分後の世界」から
宮部みゆき「火車」の展開になり、
犯人は「ヤス」
こんな感じでした。
投稿: K | 2015.08.17 17:59