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鬼のアンソロジー『鬼譚』

鬼譚

 夢枕獏が選んだ、「鬼」の作品集。

 今昔物語集から手塚治虫まで、鬼にまつわる傑作をジャンルオーバーで蒐集している。読前読後で、「鬼」に対する観念が、広がり膨らみ覆る。地獄で活躍するモンスターとしての鬼のイメージよりも、むしろ普通人の中にひっそりとたたずんでおり、何かの拍子で具現化し、その人を飲み込んでしまう感情や運命として考えると面白い。人は、"魔が差す"のではなく、"鬼に成る"のだ。

 たとえば、人を喰らう鬼婆伝説をSFに仕立てた手塚治虫『安達ヶ原』が良い。安達ヶ原の物語は有名だが、これをロケットと人工冬眠の未来世界に適用し、さらにもうひと捻りする展開はさすが。鬼の中に人を見て、自分の中に鬼を見る思いがする。

 倉橋由美子『夕顔』は、源氏物語を踏まえているものの、現代ミステリとも上質の怪談とも読めてしまう。痴情のもつれが女を鬼にすることは、どの時代も一緒なのかもしれぬ。だが、白い花弁を人の顔に見立て、夕闇に浮かび上がる白い顔を想起させるイメージは怖いぞ。

 イチオシは、筒井康隆『死にかた』。ひたすら・とことん・エログロ・ナンセンス。そしてこれは、筒井の最高傑作である(筒井短編で一つだけ選べと言われたら、迷わずコレを推す)。あらすじなんてあって無いようなもの。ふっとオフィスに入ってきた鬼がもたらす、徹底的な撲殺・圧殺・殴殺・轢殺。屠人の描写が微に入り細を穿つ名文で、音読すると一層愉しめる仕掛けになっている。

 『鬼の誕生』は、鬼というキーワードで日本史を横断した評論。もとは幽霊を意味した中国産の「鬼」に対し、「おに」という言葉とイメージが与えられるのに、ずいぶん紆余曲折があったという。今昔物語では「鬼」を「もの」と読んでおり、明瞭な形を伴わない、原始的な不安や畏怖感を表していた。今でこそ「もののけ」や「ものすごい」に使われている「もの」は、遡ると鬼のイメージを担っていたんだね。

 一番怖かったのは、やはり山岸涼子『夜叉御前』。[決してひとりでは読まないでください『わたしの人形は良い人形』]は、夜オシッコにいけなくなる怖さだったが、『夜叉御前』はひたすら後味の悪い、"思い出し怖がり"ができる厭話。人によるとトラウマンガ(トラウマになる漫画)になるのでご注意を。人の内に、鬼は確かに棲んでいることがよく分かる。

 収録作は以下の通り。人の中に鬼を視て、自分の内の鬼に気づくアンソロジー。

  • 『赤いろうそくと人魚』小川未明
  • 『安達ヶ原』手塚治虫
  • 『夜叉御前』山岸涼子
  • 『吉備津の釜』上田秋成
  • 『僧の死にて後、舌残りて山に在りて法花を誦すること 第三十一』今昔物語集
  • 『鬼、油瓶の形と現じて人を殺すこと 第十九』今昔物語集
  • 『近江国安義橋なる鬼、人を喰ふこと 第十三』今昔物語集
  • 『日蔵上人吉野山にて鬼にあふこと』宇治拾遺物語
  • 『鬼の誕生』馬場あき子
  • 『魔境・京都』小松和彦・内藤正敏
  • 『檜垣 闇法師』夢枕獏
  • 『死にかた』筒井康隆
  • 『夕顔』倉橋由美子
  • 『鬼の歌よみ』田辺聖子
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受信: 2014.11.05 21:12

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