涙もろい犬好きのためのミステリ『ウォッチャーズ』
わんこ愛に満ちたSFミステリなのだが、クーンツが描くとドラマティックになる。ン十年と積読してたのを、次回のオフ会のテーマ「猫と犬」に合わせて読み干す。
孤独な男が森で出会ったラブラドール・レトリヴァーは、ひとなつっこい一方で「犬」らしくない知性を持っていた―――これが入り口。ふつうの犬より表情が豊かで、知的で、もののわかった感じがする。注意の持続時間が犬らしくなく、相手を長くじっと見つめ返してくる。『遊星からの物体X』で"乗っ取られた犬"を知っている人にはホラーな一瞬だが、大丈夫。もっと"ありうる未来"の犬だから。
この犬を軸に、トラウマを持つ男と女の快復と愛の物語と、生物兵器をめぐる陰謀と殺戮の報復譚と、邪悪で醜悪な知性との対決が絡み合う。さすがページ・ターナーの魔術師、読書の快楽のツボを押さえ込んでいる。謎が謎を呼ぶ伏線、逃亡と追跡のカットバック構成、得体の知れない「なにか」が迫ってくる恐怖と緊張あふれる描写、バラバラだったエピソードが一点に収束していく興奮と、たたみかけるように風呂敷が閉じられ絞られていく高揚感を、いっぺんに味わう。
わんこの愛らしさや、わんこが仲立ちとなるラブストーリーの初々しさに、甘酸っぱく胸が一杯になるかもしれない。だが、むしろ脇役の追う側のプレッシャーやいじましさに胸が痛くなる。主役の感情をなぞって喜ぶよりも、仇役の立場や胃の痛みを想像して、一緒にキリキリ焦燥するマゾ的読み方も愉しい。
いわゆる国家当局の手先として追跡する、有能で冷酷な中年男が出てくる。だが、そういう彼自身も、過去の強迫観念に囚われ、自分を滅ぼそうとしていることに気づく。また、"犬"を抹殺しようと追いかける"奴"の存在も哀れを誘う。ゆく先々で惨殺した死体の眼を抉り出す理由に触れたとき、凶悪きわまりない存在であるにもかかわれず、思わずぐッと涙をこらえる。
そして、彼であれ"奴"であれ、自分の人生を取り戻そうとした選択は、ありきたりのハリウッド流の脚本に、思いもかけない結果をもたらしてくれる(これがまた、心憎い展開なんだ)。この、圧倒的な肯定感がすばらしい。ともすると苦悩の闇に沈み込もうとするのを、互いに見つめあい、認めあい、「そこにいるね/ここにいるよ」と呼びかけあう。タイトルの『ウォッチャーズ』には、相手を丸ごと承認する存在という意味が込められているのかも。
スゴ本オフ「猫と犬」では、猫や犬がテーマ/モチーフ/イメージする好きな本を好きなだけ紹介できる。既に猫派によって圧倒されているようだが、これを機に犬本、猫本を思い返してみるか……猫本専門店「にゃんこ堂」を漁ってみるか。
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