エンジニアが世界征服するなら『オービタル・クラウド』
2020年に起きる、前代未聞のスペース・テロを描いた傑作SF。
タイトルにもなっている「軌道の雲」を構築・運用するやり口が現実的すぎて恐ろしい。近未来どころか、今から着手すれば2020年に間に合うんじゃないと思えるくらいリアルだ。モデルとなったテロ首謀国には見せない方がいいんじゃないかと、本気で心配する。
基本原理と問題点は本書に書いてあり、設計はネットで引ける。調達と製造はiPhoneと○○だけで、「全部で千ドルもかかってないぜ。ポケットマネーで作れるんだ、こういうのは」。むかし昔『摩天楼の身代金』で、高層ビルとその住人を丸ごと人質にするアイディアを知ったときと同じくらいのヤバさを感じる。要するに「俺でもできる」だ(足りないのはモチベーションだけ)。それくらい身近な、近未来というよりは現未来。昭和生まれのわたしとっての近未来が、巨大宇宙船や宇宙ステーションなら、平成生まれの主人公の現未来は、極小のスペースクラフトになる。その具体的な形が、『オービタル・クラウド』なのだ。
まず、初期設定がリアル。流れ星予報のWebサービスを運営する、平成生まれのフリーランサーが主人公。公開されている衛星上のデブリ(宇宙ゴミ)の軌道情報から、大気圏突入のタイミングと角度を計算し、「流れ星を予測する」なんて、いかにも(これから)ありそうなサービスじゃないか!ストビューやVRタグ付けのみたいに、周知のタイミング=APIが公開されてからのような、「いま・ここ」の延長上にある世界だ。
しかもレンタルサーバのアクセス負荷に汲汲としながら、フリーのプログラマ女子と、渋谷のコワーキングスペースで趣味&仕事の日々なんて、理想の未来といえよう。そんな草食男子が、デブリの不審な動きを察知するところから、国家や組織や立場を超えたエキスパートたちの動線が、一本の物語に集約していく、つながっていく感にゾクゾクする。JAXAとCIAを巻き込んだ国際防諜戦と濃厚ガジェット満載のハードSFに酔いしれるべし(Raspberry Piをこんなに使い倒す小説はこれが最初で最後だろう)。『プラネテス』の泥臭い宇宙と、『ゼロ・グラビティ』の緊迫した宇宙を同時に味わうとともに、エンジニアたちの国家間にある「技術格差」の実体を痛いくらい感じる。
裏テーマとして「技術屋の言葉を全世界に思い知らせる方法」は、(1)起業して大成功、(2)インフラへのテロの二択しかないことが分かる(悲しいけど、これ現実なのよね)。本書には両方書いてあるので、溜飲を下げる意味でも、インセンティブを励起する上でも読める。
しかし、設定と世界観とギミックが楽しすぎる一方で、キャラ造形があれすぎる。要するに、俺無双。平成生まれのWeb屋や官僚は、魔法科高校のニュータイプ並に凄まじい。よくできたフィクションは、たった一つの強力な嘘を核にして、人や社会を描くもの。これは嘘が多すぎる。細部がリアルすぎる一方で、人が現実離れしている。要するに、そんな奴ぁいねぇ。出来杉クンばかりのチート・チームで、ラノベよりもラノベすぎるご都合主義。
これは、登場人物のタイムチャートを先に作って、そうさせる動機を後から考えたからだろう。そして、キャラクターを「動かす」ための理由を、あと付けにしようとしたため、現実離れした組織運用や、幼稚すぎる動機が透けてしまう。例えば、あるキャラをシアトルに行かせる根拠を作るため、「ありえない」電話を成立させてしまう。フロントの人間は、そうした"事務処理"はしない。"ありえない動線"を実現させるために俺無双のキャラをこじつけると、その始末に負えなくなる(動機の裏取りを止めてから、ストレス無しに読めるようになった)。
もちろん、このツッコミは重箱の角つつきすぎる。だが、細かいディテールでフィクションの中のリアルを演出しようとするのなら、物語の強いフレームとなる「動機」を揺るぎないものにしてほしい。ラノベ並の間口を必要とするなら、出すレーベルが違うだろう。良くも悪くもこのSF、サイエンス・ファンタジーなり。
まるで見たことのない未来と、ステレオタイプのキャラクターで、昭和の未来を粉砕すべし。
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コメント
初コメントですこんにちは、まだ未読なのですが興味津々。映画化される時は、その
>キャラ造形があれすぎる。
コトの修正が課題でしょうか…
これから他の記事も読ませてもらいます!
投稿: bw | 2015.03.21 13:07
>>bwさん
コメントありがとうございます。
世界設定がきちんとしている分、俺無双なキャラが浮いてしまっているのだから、ニュータイプ化させるのではなく、最初からそういうキャラクターとして描けばいいんじゃないかと。脚本さんの腕の見せ所ですね。
投稿: Dain | 2015.03.21 15:40