ONEとKanonと『サクラカグラ』
人生に、意味はないけど、甲斐はある。わたしは、様々な「生きてて良かった」に生かされている(密かに"業/ごう"と呼んでいる)。囚われているから、あゆんでいける。
これに本書も入る。見かけたとき、目を疑って、飛び上がって、それから踊った。「永遠はあるよ、ここにあるよ」に初めて触れた感情や、「それでは最後のお願いです、ボクのこと、忘れてください」を耳にしたときの感覚がよみがえる。物語に呑みこまれ、もみくちゃにされ、撃たれた記憶が戻ってくる。『ONE』『Kanon』の脚本を書いた久弥直樹の、初の長編小説がこれなのだ。
ピンと来ない人向けに言うと、「確定スゴ本」。この人が書いたなら、読む前からスゴ本だと確信できる。ほとんどは死んで評価が定まった作家に対するものだが、生きてる人には珍しい(デビュー作にしてスゴ本は希少)。編集者も分かっているようで、フルカラー印刷のイラストや、ブルーの栞などチカラ入れまくり。高いリーダビリティと適切な萌えにウキウキしながら読んでいくと、とんでもないところへ連れて行かれる。かなり用心して読む。
これは、少女と記憶をめぐる物語。『ONE』や『Kanon』は、プレイヤーの代表≒高校男子の視点だったが、こちらは女生徒だ。目線は違えども、彼女の日常の愛おしみ方、過去の絡まり方、そして世界の歪み方はそっくりだ。イントロダクションは、どこかで見た世界だが、この作者なら"その世界"である筈がない。いつものラノベのつもりなら、盛大なゆき違いに気づくだろう。日常系ミステリから、果ては世界線の改変まで前提を考慮しながら、罠だ、みおとすな、とつぶやきながら読む。
「僕が誰に殺されたのか知りたい」
“この世界に存在しない少年”を視てしまった月深学園高等部1年生・上乃此花は、茜色の旧校舎の屋上で彼からそう告げられる。少年の欠落した死の記憶をめぐる犯人探しの末に、学園に満ちた矛盾の向こう側にある真実を知ったとき、それまでの此花の日常は妖しく歪みはじめる―――
だいじょうぶ、最初の章「コノハナカグラ」の最後の一撃は経験している。過去は、思い出したときにのみ存在するのだから。目次を見る限り、「中心となる女の子の名前+カグラ」と、彼女をとりまく断章が層のようにピースのように重なっており、中だるみを回避する。後半のメイン「リンネカグラ」はヤられた。なまじ『Kanon』を知ってるだけに、まゆつばが足りなかった。展開を読みさきを修正しないと、不意打ちを食らう。
「他人の人生を生きるな」という警告がある。偽りの日常に憑かれてまことの人生に戻って来れなくなるから。取り込まれた自分もひっくるめて自分なのだから、物語を経験に上書きしよう。人はうつろうのに、物語の少女はあのまま。この業に、みずから囚われている限り、もう少し生き続けたいと願う。
タイトルの「カグラ」とは「神楽」のことだろうか。Wikipediaによると語源は「神座」(かむくら)=「神の宿るところ」で、巫女が人々の穢れを祓ったり、神懸かりして人々と交流する神人一体の歌舞だという。
彼女らの舞の続きが、待ち遠しい。
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コメント
ここは読みやすいけどラノベほど気楽には読めない作品を意欲的に出していると思います。
で、一つだけツッコミを。
星海社の栞がアイスを食べ…じゃなかった、栞がカラー(青)なのはデフォです。
投稿: COP | 2014.05.21 19:18
>>COPさん
ツッコミありがとうございます。ブルーのスピンはこのレーベル特有のものだったんですね。てっきりこの作品の特典だと思ってました......ただ、この記事の仕掛け上、スピンに言及しなければならない理由は、ご理解いただけていると存じます。
投稿: Dain | 2014.05.22 14:59