« バッドエンド100%『もっと厭な物語』 | トップページ | このサバイバル本がスゴい »

ないもの、あります『注文の多い注文書』

注文の多い注文書 小川洋子とクラフト・エヴィング商會の、珠玉のコラボレーション。

 小説―――と呼んでいいのかしらと思う一方、挿し込まれるアートは鮮やかに想像を裏打ちするので、読む体験と言ったほうがいい。読み人を選ぶので、ピンときたらどうぞ。

 case1 人体欠視症治療薬
 case2 バナナフィッシュの耳石
 case3 貧乏な叔母さん
 case4 肺に咲く睡蓮
 case5 冥途の落丁

 「バナナフィッシュ」って"あの"うってつけの奴?と想像しながら開く。「肺に咲く睡蓮」は、きっとアレだよなぁ(未読だけど)、と予想してみる。case3にピンとくる方は、村上春樹ファンかも。そう、これは、小説を底本とした「探しもの」を発注する客と、古今東西の「ないもの」をお届けするクラフトエヴィング商會の、ユーモラスで頓智の利いて、ときに残酷な交感書簡。

 上手いな、と思うのは、発注する客のストーリーをこしらえる小川洋子の創造力。「探しものはなんですか」という問いかけに、その「ないもの」が必要になった経緯や心情をとつとつと語らせる。その発想がリアルで不思議なんだ。

 たとえば、「人体欠視症」とは、恋人が見えなくなる病気で、触れたところから"消えて"ゆくという。つないだ手、キスした唇、肘、耳、喉仏、肩そして胸と、愛しい人が見つけにくい透明なる件は、すこし奇妙で、ちょっと怖い。治療薬を求めて医者にかかり、鞄の中も机の中も探したけれど見つかるべくもない。それでもまだまだ探す気でいる若い女性の告白が、「注文書」の章になる。

 これに応えたのが、クラフト・エヴィング商會の「納品書」の章。色は漆黒、大豆ほどの大きさで、飲めば視界晴れ渡り、米粒に写経も可だという。ただし、この薬は「欠視症」になった人しか見ることができない。p.44に薬の入ったガラス瓶の写真があるのだが、中の丸薬は見えるだろうか。もし見えるなら、あなたは「欠視症」なのだ。

 これを受け取った彼女の「受領書」が切ない。時は平等に残酷で、人はうつろう存在であることが思い知らされる。でも待てよ、「受領書」が本当で、p.44の丸薬が見えるわたしって、「欠視症」なだけではなく、まだ発病していない。それって……ということなの!? と、ストンと腑に落ちる(まるで、恋に堕ちるように)。

 注文書、納品書、受領書、絶妙な掛け合いコラボは、読み手を巻き込んで、踊りませんかと誘われているよう。懐かしくて不思議な夢の中へ、行ってみたいと思いませんかと訊かれたら、case2の「バナナフィッシュ」を推す。私だけがサリンジャーを理解してる、「あの文体が素晴らしいという自分」に酔う姿をアイロニカルに、しかもすごい秘密をさらりと明かしてくれるのがいい。魚よりも、"うってつけ(A Perfect Day)"の方に秘密があるなんて、また読みたくなるではないか。

 そう、これは再読の誘惑に満ちた本でもある。知っている話から、こんなに豊かな創造力が広がるんだと驚き、再び元の小説に戻りたくなる。もちろん未読でも大丈夫、むしろアレンジの素晴らしさから、初読の喜びもひとしお増すことだろう。

このエントリーをはてなブックマークに追加

|

« バッドエンド100%『もっと厭な物語』 | トップページ | このサバイバル本がスゴい »

コメント

こんばんは。
ピンときて、手に取りました。
再読を誘うとはまさに。
ウタカタの日々を数年ぶりに再読してしまいました。
未読ということでしたので、ぜひともおすすめしたいです。
こちら小説も面白いのですが、岡崎京子さんがマンガ化しておりまして、小説の雰囲気や印象を壊さず、また違った魅力を引き出しています。
私は小説から入ったので、コミックにするのは難しい気がしていたのですが、しっくりと馴染むつくりで原作の引き込みかたよりも、ある意味では好みでした。
苦味をより感じたいならば、コミックがいいと個人的には思います。
よろしければ、一読してみてください。

投稿: まあ | 2014.04.05 22:07

>>まあさん

岡崎京子アレンジががが!! 知りませんでした、ありがとうございます(既に注文済み)。正座して読みます。

投稿: Dain | 2014.04.05 23:08

岡崎京子さん好きなので、喜んでもらえて嬉しいです。
さらに楽しんでもらえたら、幸いです。
もっと厭な物語をアマゾンからすすめられており、購入を悩んでいたのですが(好きな作品がかぶっており、個別で持っているものが多くて踏み切れずでした)、こちらのレビューをみて、アンソロジーとして持つのもおいしくていいかもしれないなと思い、やっと踏み切りました。
ありがとうございます。今は発酵人間を読んどいたほうがいいか真剣に悩み中です。
もし、読んでいましたら感想を教えてくださいませ。

投稿: まあ | 2014.04.06 22:13

>>まあさん

岡崎うたかたキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! 喜び勇んで読みまする(ご教授ありがたやありがたや)
『発酵人間』は未読です。相当の怪作らしいですね、ネタバレ回避で感想聞きたいです。

投稿: Dain | 2014.04.13 11:44

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ないもの、あります『注文の多い注文書』:

« バッドエンド100%『もっと厭な物語』 | トップページ | このサバイバル本がスゴい »