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マンガで子育て『サバイバル』

サバイバル 子どもに読ませたいマンガがある。

 わたしが子どもの頃、「マンガは馬鹿をつくる」とか「教養人はマンガなんか読まない」などと風当たりが強かった。だが、誰かさんのプライドを満足させるだけの本があふれる今、淘汰さらされ競争に生き残ってきたマンガの方が、はるかに上等だ。見聞を拓き、五感を煽り、喜怒哀楽を炊きつけ、文字通りの糧となる作品がある。

 その中で、「これだけは読んで欲しい」という作品を並べたら、『銀の匙』から『寄生獣』まで結構な数になる。一気に注ぎ込むと中毒になるので、折に触れて渡すようにしている。今回は『サバイバル』。巨大地震による壊滅した日本を生き抜こうとする少年を描いた傑作だ。よく床屋さんで見かけるが、歯抜けだったりで断片的にしか読んでないというので、まとめて与える。すると、読むわ読むわ、寝る間も惜しんで全10巻を読み終えると、もう一度最初から読む。

 地震、火災、洪水、疫病、暴力、飢餓、炎天、寒波―――次から次へと襲い掛かる猛威に、少年は頭を絞り、勇気を奮い、逃げ、耐え、時には運にも助けられながら、サバイバルする。できすぎ展開もあるが、それはそれ。壊れた世界をかき分け、生死の境をくぐり抜けることで「少年」から「男」に成長していく物語に、何度読んでも撃たれる。最終巻の、「あの山のふもと」へ駆けてゆくシーンは、何度読んでも滲んでくる(同じモチーフの望月峯太郎『ドラゴンヘッド』は、ラストが怖くてたどり着けていない)。

 昔わたしが読んだときと、いま子どもが読んでる間には、時間以外の大きな隔たりがある。わが子にとって、阪神・淡路大震災は教科書の出来事だろうが、311は見て、揺れて、自分の身体で感じたもの。だから本書は、ただの「物語」ではなく、一種のシミュレーションとして体験したのかもしれない。

 実利面もある、読むだけで、生きるための知が得られる。何通りもの火のおこし方から、ビニールシートを用いた真水の作り方、魚の釣り方、罠の作り方、皮のなめし方、ミミズの栄養からカエルのどこがうまいか、さらにはどの野菜を優先して育てるべきか―――マンガ通りに上手くいくかは怪しいが、少なくとも「こうすれば生きる方に進める」選択肢があることが分かる。何度も読み込んだわが子に、「サバイバルで一番大事な道具は?」とか、「生きのびるために必須の感情は?」と質問を投げかける。正解を返してくるが、“そのとき”思い出してくれるだろうか。

 極限を生きのびる予習として、読んで欲しい傑作。

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『殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?』はスゴ本

殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか 経済学から人類を定義した一冊。

 人間の本質は、協力だ。しかし、その協力は脆弱な信頼の上に乗っかっている。引っ込み思案の殺人ザルからここまで文明を発展させた一万年は、たまたま上手くいった実験に過ぎない―――という主張を、進化生物学、人類学、心理学、社会学、歴史学を渉猟しつつ展開する。進化人類学から人類を定義したスゴ本『人類はどこから来てどこへ行くのか』(E.O.ウィルソン)をも包括した試みで、野心的で、大風呂敷で、節操ない一冊とも言える。

 本書を面白くしているのは、人類が構築してきた社会システムをリバースエンジニアリングしているところ。お金から市場、都市や国家、財産権から戦争など、人類を人類たらしめる事象や制度を、動作原理まで遡及・分解した上で、その力の源泉を「協力と信頼」から再説明する。

 たとえば、わたしが買うシャツは、わたしが知りもしない他人が作り、海を越え年を越えて届けられたものだ。ひょっとすると、お粗末で有害なものかもしれないし、ボられている可能性もある。だがリスクの全部を吟味したなら、それだけで日が暮れてしまう。わたしが疑心暗鬼に陥らず買えるのは、そうしたサプライチェーンそのものを信頼しているから。これは、シャツの材料となっている織物の原料となっている綿花の元となっている種子にまでさかのぼる。それぞれの現場で異なる人々が、結果的にシャツという製品を作るうえで、統括した指示もなしに、どうしてそこそこ妥当な価格とクオリティで、各人の作業を全うすることできるのか。単なる経済学からならば、市場と価格のメカニズムで説明するだろう。

 だが本書は、もっと「ヒトという種」から見る。比較優位の根っこにある、「信頼」こそが肝なのだ。すなわち、自分の担当だけに集中し、効率化を図る分業が成立するためには、隣り合う鎖の相手を信じることが前提となる。人類初期の交易から振り返り、一方的な強奪から暴利や詐欺まで経験した上で、それでも見知らぬ相手を信頼する方向でやってこれたのは、返報性と利己性のバランスの上にかろうじて成立しているから。わたしには、もう少し強固なものに思えるが、後付けで教育されたものに過ぎないという。この「信頼」、自然な本能として脳に組み込まれたものにするには、進化のスケールからすると最近すぎる現象なのだ。

貧乏人の経済学 この「信頼」について、バナジー&デュフロ『貧乏人の経済学』と比較すると、さらに面白い。『殺人ザル』は、進化経済学の観点から「他人への信頼」を説いている一方で、『貧乏人』は、現代の貧困問題への処方箋から「社会への信頼」を解く。「社会への信頼」は、貧乏な国に住む人と、裕福な国の人の決定的な違いとして現れる。所得の格差が目に付きやすいが、それは結果に過ぎない。

 その違いとは、安全な水や食物、医療や教育、金融システム、保険や予防接種、警察・行政制度がもたらす信頼感にあるという。貧乏な国の人は、安全保障や公衆衛生について、自分で判断しなければならない。人生のあまりに多くの面において、この責任を負うことになる。だが、社会保険や公衆衛生・教育システムが整っている国では、そうした判断と責任を誰かに任せることができる。もちろんその判断は非効率だったり、誤りもあるかもしれない(それは公害や事故という形で見えることもある)。だが、責任を誰かに任せることで、自分の比較優位性の向上に集中することができるのだ。

 そして、信頼すればするほど責任を減らし、分業をさらに細分化し、「自分の担当」に専念することができる。『殺人ザル』では「視野狭窄」と呼ぶが、まさにそのおかげで、これほどの高みにまで文明を押し上げることができたのだという。だが、ご想像どおり、タコツボ化による思考停止が、思わぬ負の連鎖を招くこともある。判断チェックを外出しにしたおかげで起きた事故や戦争は、枚挙に暇がない。本書では、リーマン・ショックを挙げるが、読み手のバックグラウンドによると、もっと巨きな、代償としてはあまりにも悲惨な事例が浮かぶだろう。「信頼」は人類の定義であり、脆弱性でもあるのだ。

 人類の脆弱性を突いたスゴ本、ご堪能あれ。

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デザインの科学『インタフェースデザインの心理学』

「ファミコン『ドラゴンクエストIV』のパッケージイラストの主役が、一番小さく描かれているのに、最初に目に入ってくるのはなぜか」

これについて、中村佑介氏の解説が目鱗だ→【イラストの見栄えが良くなる】中村佑介先生の公開講座が凄い!。本来は目立たせたいもの(主役)を大きく描くのが原則だが、彩度とコントラストを増やすことで、見やすい画面作りをしているという。

 だが、もう一つ、このデザインには「主役」を主役たらしめるテクニックがある。それは以下の通り。

  1. 人は、人の顔に一番興味を持つ
  2. 人は、画面の中で、顔を最初に見る
  3. 人は、画面の顔の視線の先に注意を向ける

  この原則を知ったのが、本書だ。人はどのように認知し、判断し、行動し、そしてエラーを引き起こすのかについて、ウェブやアプリのデザイナー向けに、「100の指針」という形でまとめたもの。

「嘘のレベルは伝達手段で変わる」や、「読むと理解は同じではない」、「エラーのタイプは予測できる」といった断定文を掲げ、それを支える研究成果や応用事例を紹介する。人間の行動原理について、気になるトピックを拾ってもいいし、テーマ毎にまとめられた章を集中的に読んでもいい。

  1章 人はどう見るのか
  2章 人はどう読むのか
  3章 人はどう記憶するのか
  4章 人はどう考えるのか
  5章 人はどう注目するのか
  6章 人はどうすればヤル気になるのか
  7章 人は社会的な動物である
  8章 人はどう感じるのか
  9章 間違えない人はいない
  10章 人はどう決断するのか

 特に惹かれたのは、人はどうすればヤル気になるのかの章。ユーザーをその気にさせるため、画面のデザインや情報の「見せ方」を考える上で役立つネタが得られる。例えば、コーヒーショップのスタンプカードの話はtumblrで知っていたが、その元ネタは本書だったのだ。「どちらのスタンプカードが魅力的か?」の事例だ。

  カードA : スタンプ欄が10個あり、最初は全部空欄
  カードB : スタンプ欄が12個あり、最初から2個押してある

どちらも空欄は10個なのだが、どちらが魅力的か、解説する必要もないだろう。人は、目標に近づくほどヤル気が出るのだ(本当に近づいているかどうかは別として、そう“感じる”のが重要)。そう“感じさせる”プロデュースこそが、デザイナーとしての腕の見せ所だろう。

 他にも「進歩や熟達によりヤル気が出る」例として、語学のウェブレッスンを解説する。そこでは、レッスンのどこをやっているか、全体でどこまで進捗したかを、プログレスバーのように一目で確認することができる。これは、わたしも利用している。プレゼンテーションでスライドを作成するとき、右上に「今のトピック/全体」という形で、現在の位置づけを行う画像を入れている。自分がプレゼンを受ける立場だと嬉しいから、という理由でやっているが、視聴者には好評なり。

 さらに、人の理解を促すため、「物語」の活用を呼びかけているのが面白い。いくらデータを積んでも、受け手に共感してもらうためには、ストーリーで語れというのだ。医療関連企業 Medtronic の年次報告書は、財形報告の数字の前に、その企業の製品によって助けられた患者の写真とエピソードを添えている。貢献度に説得力が増す良い事例だろう。ありがちな応用としては、自分の主張を「マクドナルドで聞いた女子高生の会話」にしたり、映画や歴史のエピソードに喩えて訴求力を高める手法だろう。

 また、エラーメッセージのガイドラインも納得&使える。人にノーミスはありえないし、問題ゼロの製品も存在しない。だから「どんなエラーが起きそうか」「エラーが起きたらどうするか」を、予めデザインの段階で考えよという。エラーメッセージの書き方としては、以下のステップになる。

  1. ユーザが何をしたのかを告げる
  2. 発生した問題を説明する
  3. 修正方法を指示する
  4. 受動態ではなく能動態で、平易な言葉で
  5. 例を示す

 人はどんなときに、どのようなエラーを起こすのかという観点から、人的要因分析・分類システム(HFACS:Human factors analysis and classification system)をさらりと紹介している。本書は、沢山の知見を効率よく伝えることを目的としているため、ヒューマンエラーについて深堀りするなら『失敗のしくみ』『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』が良いかも。

 求められているオペレーションを、その対象物そのものに示唆させる「アフォーダンス」も紹介されている。ドアが好例で、取っ手を持って押し下げることを促すドアノブや、逆に取っ手が無い場合なら、「押して開ける」ことを示している。これも、さらりと書いているだけなので、さらに奥に行くためには『誰のためのデザイン?』が決定版だろう。ヒトとモノとのインタフェースを考察することで、「よいデザインとは何か」に迫っている。

 このように、薄く広く網羅しているため、参考文献やサイトから、いくらでも深化させることができる。デザインを科学する上で、そして科学の成果から気づきを得る上で、良い入り口となる一冊。

 

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このサバイバル本がスゴい

 好きな本をもちよって、まったりアツく語り合うスゴ本オフ[facebookスゴ本オフ]

 今回も凄くて旨くて楽しいひとときでした。参加いただいた皆さん、お手伝いいただいた方、そしてKDDIウェブコミュニケーションズさん、ありがとうございます。

ゾンビとイジメと生還モノが並ぶって、実は珍しいかも
01

 そして、開催するたび痛感するのは、自分の狭さ。事前のテーマから、いかに自由な発想で選んでくるか、さらに、見落としていた「ど定番」を引き出すか、まいど目ウロコ背デンキ状態になる。今回のテーマは「サバイバル」。極限状況から脱出するというテーマと思いきや、何をもって「極限」とするか、「脱出」とはどうすることか、がフリーダムな作品が集まる集まる(そして積読山が高くなる)。

異質な組合わせだけど、共通点は「サバイバル」
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 たとえば、わたしが完全に見落としていたのが、「戦争」というテーマ。どちらかというと、「遭難」や「災害」からの生還というアタマでいたので、虚を突かれる思いだった(今日マチ子『cocoon』)。さらに、「生還」に拘っていたので、「生還できる人とできない人の差は何か」という視点も無かった。通常、話者となる人は帰ってこれたからこそ物語れるのであるから、「生還できない話」は完全に抜けていた(アマンダ・リプリー『生き残る判断 生き残れない行動』)。

異なるけれど、似ている、組合わせの妙
05

 さらに、生き残ってきたからこそ今があるといえる、“進化”の観点は無かった。種としてのサバイブは、適応できるか否かは、運と必然の物語だといえる(ドナ・ハート『ヒトは食べられて進化した』針山孝彦『生き物たちの情報戦略』)。また、権謀術数から生き残るという視点での惣領冬実『チェーザレ』は、言われて初めて膝を打ったし、ソルジェニーツィン『イワン・デニ-ソヴィチの一日』なんて“今日を生きる”をテーマにした完璧な一冊であることは(既読であるにもかかわらず)思いもよらなかった。

ヤマケイとラノベの組合わせって、面白い
07

 気づき沢山、収穫山盛りの濃密な時間だった。以下、できうる限り浚ってみるが、あなたが、「サバイバル」というテーマで何を選ぶか、思い浮かべながら眺めてほしい

聲の形『聲の形』大今良時(少年マガジンコミックス)

耳の聞こえない少女と出会った、少年の話。序盤の壮絶ないじめとそれでもコミュニケーションを図ろうとする構図が、「いじめからのサバイバル」と受け取る。けれども、テーマはその後、「取り返しの付かないことにどうやって向き合うのか」に転調する、いわば「過去からのサバイバル」。

羣青『羣青』中村珍(IKKI COMIX)

殺した女と殺させた女の話。作家が、その魂を削って描いたとしか思えないほど重くて苦しい。思いの一方通行性と、起きてしまった殺人の“共犯者”となった二人の女の逃避行。生活から、人生から、過去から、思いから逃げ延びようとする───どこへ?何のために?あっという間に自棄に傾く危うさは、『テルマ&ルイーズ』を彷彿とさせるが、二人がどこへたどり着くのかは、ぜひ読んで確かめて欲しい。

ヒトは食べられて進化した『ヒトは食べられて進化した』ドナ・ハート、ロバート W.サスマン(化学同人)

人はなぜ人になったのかを書いたノンフィクション。獲物を狩って、食べるために二足歩行したという説←これはウソだと強烈なカウンターをぶつけたのが本書。逆で、他の獲物に喰われたから進化したというのだ。ひ弱で頭もあまりよくない、食べられながら進化したヒトの姿を描き出す。Rootportがスゴ本宣言した一冊、これは読みたい。

カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン『カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン』佐藤清隆(幸書房)

世界史を「チョコレート」で斬ったスゴ本。「神の食べ物」であるカカオがチョコレートになるまでの長い歴史を振り返りながら、その中で社会に果たしてきた役割を科学の観点でとらえなおす。『銃・病原菌・鉄』レベルとのこと。普段何気なく口にしているチョコレートをキーに振り返ると、思いがけない世界史になることが分かる。

MCあくしず『MC ☆ あくしず』(イカロス出版)

コストパフォーマンスが悪すぎて、昔から不毛と言われているらしい「萌え」「ミリタリー」業界でずっと刊行し続けている雑誌。サバイバルの究極は、「戦争」。その戦争をリアルに追求しつつ、萌え化したのが「艦隊これくしょん」。萌えとミリタリーは金にならないと長年言われていた中でサバイバルしてきた雑誌。ガルパンとか艦これで大いなる順風が吹いている。薄くない本で大破した鳳翔さんとか愛宕さんを見ていると、こみ上げてくる何かがある。折りしもミッドウェー海戦の特集号で、空母四隻を一度に失うことがどんだけダメージでかいかを思い知らされる。

蒼穹の昴『蒼穹の昴』浅田次郎(講談社文庫)

サバイバル=生き残る、という事で希望さえあれば人は生きて行ける事を教えてくれた本だから。生き残る、と考えたとき、お金とか食べ物とかも重要だけど、最も重要なのは「希望」なんじゃないか……という発想で、『蒼穹の昴』のご紹介。家族も社会も絶望している時代、「おまえは大物になる」という希望をもらい、それを胸に生きていく少年の話。

『チェーザレ』『羣青』『COCOON』が並ぶのも、スゴいとりあわせ
03

チェーザレ『チェーザレ』惣領冬実(KCデラックス)

政権争いの中で、「生き残る」という事の重みを感じさせる。華やかで権謀術数に満ちたルネッサンスを描いた傑作。時代が華やかな分、政治のドロドロした部分が目に付くかも。「生き残ればいいんです、生き残った者に、神は微笑むのです」というセリフが刺さる。現在も連載中だけど、ぜひ10巻目のこのセリフまでたどりついて涙してほしい。

野獣死すべし『野獣死すべし』大藪春彦(光文社文庫)

強烈な利己主義と、それまでの小説には無かった無慈悲さ、残虐さに彩られた、尻尾の先までサバイバルな犯罪小説。したたかに徹底したエゴイズムを描く。非常に毒性が強く、ナイフのような一冊。ピュアな方や若い方にはオススメできないかも。逆に言うと、アクの強い(打たれ強い)おっさんが読むといいのかも。

幸福論『幸福論』アラン(岩波文庫)

サバイバルという言葉にはシチュエーションによって様々な定義があるが、結局のところは死なないことであり、自分を知ることであり、他者VS自分を競って比べることではなく、自分自身の核を持つことである(ような気がしている)。先日久々に読んだところ、二十代の頃に比べて理解・納得できる部分が多かった。

荒野へ『荒野へ』ジョン・クラカワー(集英社文庫)

裕福な家庭で育った青年が、全ての財産や社会的な関わりを断って、アラスカの無人の荒野に分け入り、四ヶ月後死体で発見された理由とは?その純粋さ故に家を飛び出し、荒野へ向かったのは、「自分しかいない」という世界を目指したかったから。世の中との関わりを一切断ったなかで、どうやって生きていくか。その純粋さに、とまどう。

たった独りの引き揚げ隊『たった独りの引き揚げ隊』石村博子(角川文庫)

死体から金歯や服を調達する話や、獣から安全に寝る話、砲弾を盗み出して魚を獲る話など、ワイルドなネタ満載。日本人特有の強さ・弱さの指摘が面白い。「日本人は集団だと強いが、集団から離されて独りになると弱くなる」なんて、的確かも。

アグルーカの行方『アグルーカの行方』角幡唯介(集英社)

19世紀の英極地探検隊全滅の足跡を追う、21世紀の日本の若き冒険家のレポート。今、「命を賭して」足を踏み入れる価値がある場所ってどこなんだ?という事を問いかけてくる、ドキュメンタリー本です。時代問わず民族問わず、極地で細かいところでちょいちょい「生き延びてる」描写もすごい。英探検隊の全滅録がキツイのでごはんの時は無理。探険史の入り口としても。

うらおもて人生録『うらおもて人生録』色川武大(新潮文庫)

達人博徒の「人生のシノギ方」解説本。「なんか、もう無理かも」「今の状況から逃げたい」とか、もう「涙も出ねえし」という気分の時におすすめの本です。巨匠の、変に「教えにこない」境地がすばらしい。サラリーマン生活に「飽きてしまった」人にオススメ。イケてるときに読むとヒヤっとする、ダメなときに読むと、まあいいか、という気になれる。

うらおもて人生録『COCOON』今日マチ子(秋田書店)

女子高生が戦争に狩り出されて、悲惨な目にあう話。酷い展開を可愛らしい絵柄で描いているミスマッチ。残酷でありながらインパクトがあるのは、少女同士の愛ともつかぬ友情ともつかぬ結びつきや、女の子としての生活も捨てられないところ。ラスト、残酷さを癒しつつも印象深いラストになっている。絵柄がスイーツだし、サバイバルだし、これしかないと思ってオススメ。表紙で一目惚れして立ち読みして→ショックを受けて→平積みに戻した曰くあり(その後購入に至る)。放流本なのだが、ジャンケン争奪戦に負けたので速攻で注文した。

お父さん、フランス外人部隊に入隊します。『お父さん、フランス外人部隊に入隊します。』駒村吉重(廣済堂出版)

厳格な父から自分をサバイブさせるために、世界で最も過酷といわれるフランス外人部隊というサバイバルな環境に身を置いた。この一見相反する経緯がおもしろいのと同時に、家庭内でわかりあうことのできない親子関係というのは、自分が死ぬわけにもいかず、相手を殺すわけにもいかない。なるほどサバイバルな環境だな、と自分と重ね合わせて思ったため。

売れる作家の全技術『売れる作家の全技術』大沢在昌(角川書店)

サブタイトルの「デビューだけで満足してはいけない」、帯の「作家は、なるよりもあり続けるほうがはるかに難しい」に象徴されるように、作家として生き残るのは至難の業。この本に書かれている内容はほかでもお目にかかるものは少なからずありますが、自身もながらく売れない作家だった大沢有昌の実体験に基づく言葉によって、独自の1冊になっているのがスゴいと思います。普通のノウハウ本と異なり、リアルな、自分のナマの体験を、厳しさを交えつつ言い尽くしているところ。食っていける作家になるために求められるレベル。「作家とは下請けである」という意識を持っているのがすごい。

『謝るなら、いつでもおいで』川名壮志(集英社)

長崎の佐世保で起こった少女刺殺事件を追ったノンフィクション。被害者家族、加害者家族の両方を取材している。どちらかにべったりではなく、バランスのとれた奇蹟の実話。

イワン・デニーソヴィチの一日『イワン・デニーソヴィチの一日』ソルジェニーツィン(新潮文庫)

生き続けていかねばならないことの喜びと悲しみの真髄がある。サバイバルとはなんぞやと考え、サバイバルとサバイバルの間の「安心できる時間」を満たす作品を選んだ。『イワン・デニーソヴィチの一日』のご紹介。悲惨きわまる強制収容所の一日を初めてリアルに描いている。

ヘヴン『ヘヴン』川上未映子 (講談社)

心が振り切れてしまいそうなつらさやよろこびに挟まれた安心、それが「サバイバル」の本質かなと。生きることはつらい。それに対し、宗教的に堪え忍ぶという考え方もあれば、それをなんとか変えていこうという考えもある。さらに、そんなものに意味はないという考えも。『ヘヴン』を読むと、感じるところは人それぞれだと気づく。

縄文人になる『縄文人になる!』関根秀樹(ヤマケイ文庫)

縄文時代の生き方を実践する。どんぐりクッキーとかを作る。古代の火起こし、石器ナイフ作り、ドングリの縄文クッキー作りなど、縄文時代の知恵と技術でサバイバルする、画期的なハウツー。ロハスの擬態「ていねいな暮らし」を標榜する方は是非、究極の「ていねいな暮らし」マスターブックなり。

『極北』は村上春樹訳とのこと、話もハルキの節が利いている(っぽい)
02

極北『極北』マーセル・セロー(中央公論新社)

絶望の先のさらなる絶望……壮絶なサバイバル小説。世界が温暖化して壊れていった状況を描いた『極北』。絶望の先のさらなる絶望……壮絶なサバイバル小説。イメージでいうと、映画『マッドマックス』の女性版(もと警官なのも一緒)。どんどんモノがあふれていた世界から、どんどんモノが失われていく世界へ。壊れた世界で独りでやっていくことはできるのだが、人とのコミュニティをあえて求めていく。世界を味わいながら旅をしていく。

生き残る判断 生き残れない行動『生き残る判断 生き残れない行動』アマンダ・リプリー(光文社)

災害時などに人間の心理がどう反応するかを3段階に分けて描いたノンフィクションで、「サバイバル」の実践書としてオススメ。バージニアの学校で銃乱射事件があったとき、生き残った生徒は何をしていたのか──体が麻痺して動かなかった(動けなかった)という。では、動かなかったら生存できるのか───そんな簡単な話じゃないだろ、というのが著者の主張。サバイバルガイドとして有益というだけではなく、サバイバル「させたい」人にとっても重要。飛行機の酸素マスクを着けるとき、子どもより先に親がつけなさいというのは、急降下したとき、数十秒で意識を失うから。サバイバル技術を伝える前に、その理由を書いているのがいい。

高慢と偏見『高慢と偏見』ジェイン・オースティン(光文社古典新訳)

ジェーン・オースティンが書いた時代は、「いかに女性が玉の輿に乗って成功して賢く生きていけるか」が重要だったらしい。男が組織で名を挙げるように、女もサバイバルをしてきた。このマッシュアップで『高慢と偏見とゾンビ』そして『ジェーン・オースティンの読書会』『高慢と偏見と殺人』などが出ている。もとの本の影響力の強さをうかがい知る。

MCあくしず『WORLD WAR Z』マックス・ブルックス(文春文庫)

ゾンビと闘った人々への架空のインタビュー集。面白いなーと思ったのは、ゾンビが大発生して、ゾンビと人間の戦争が終わった後に、国連の調査官が世界各地を取材して語り書きにした構成のところ。映画版ブラピの一人称ではなく、多人称であるのが面白い。この世ならざるもの、震災だとか、天変地異とか、ウィルスによるパンデミックとか、を「ゾンビ」という形で小説にしたのがいい。やすゆきさんが機内映画で見たときに、ゾンビたちが入り込んだジェット機が……のシーンがカットされていたとのこと。飛行機で見る映画だと、飛行機が××するところはNGなのだろうか……

蝿の王『蝿の王』ゴールディング

漂流モノで挙げたい。無人島に漂着してサバイバル生活を始める出だしは『十五少年漂流記』『ロビンソン・クルーソー』なのだが、そういうのを読んできた大人向けの、ダークサイドな漂流もの。タイトルが暗示するように、展開はまるで逆だと思ったほうがいい。 『バトルロワイヤル』的なところもある。サバイバルというと、「独りで生きる」ものが多い中、集団で生き残ろうとするのがユニーク。

集まった本たち(だけど、「それを挙げるならコレは?」が何倍も出てくる)
06

  • 『生き物たちの情報戦略』針山孝彦(化学同人) : 情報とる器官が発達させ、生存をかけた静かなる戦いを描く
  • 『決定版 ひもとロープの結び方 便利手帳』小暮幹雄(ナツメ社) : いきなりロープを取り出して、結び方の実演。まだ習得していないけれど、いざという時のために
  • 『防災・救急に役立つ日用品活用法』羽田道信(風媒社) : 我が家の防災を見なおし。ロープやアルミコーティングしたシートとかをそろえている。
  • 『セルフビルド~家をつくる自由~』蔵前仁一編(旅行人) : サバイバルと言えば衣食住だろ、と素人が図面もひかずに手ノコ一本ですみかを作る楽しさを伝える一冊
  • 『砂漠の囚われ人マリカ』マリカ・ウフキル(早川書房) : モロッコで囚われていたのは、国王の養女だったという話。モロッコでは発禁書で、その本の話題すらはばかれるほど。彼女の運命にうちのめされる
  • 『All you need is kill』桜坂洋(集英社スーパーダッシュ文庫) : ラノベでサバイバル。擬体で闘う兵士なのだが、毎日毎日を死んでループする。ラノベでハリウッド映画化される(たぶん)最初の作品
  • 『オーバーロード』丸山くがね(エンターブレイン) : Web小説を単行本化。転生もののファンタジーで、「あなたは魔王です」から始まるところがユニーク。善ではなく、悪側から生き延びるテーマを追っている
  • 『やっぱりニューヨーク暮らし』渡辺葉(扶桑社) : ニューヨークで安全に快適に暮らすためのガイドブック。元気なNY生活のために。9.11から1年後のニューヨークの風景。著者は椎名誠の娘
  • 『「捨てる!」技術』『もういちど「捨てる!」技術』辰巳渚(宝島社新書) : 二つ読むと納得する。サバイバルの前には、モノを手放すことが大切。モノに溢れているということは、その家賃を払っているようなもの。埋もれるモノへからサバイバルするために
  • 『うまい犯罪、しゃれた殺人』ヘンリイ・スレッサー(早川書房) : 著者はヒッチコック劇場の脚本家の常連。ストーリー性を重視して作られた短編には、生き残るための知恵が詰まっている
  • 映画『リミット』ロドリゴ・コルテス監督 : 極限状況に置かれた主人公のみが出演者という演出の映画。シーンはほぼ固定。棺桶の中だけ。次々と困難が襲い掛かる中、主人公は脱出を試みる。まちがいなく心臓によくない。『ショーシャンクの空に』もサバイバルですな。極限状況は映画に合うのかも。
  • 『舟をつくる』前田次郎、関野吉晴(徳間書店) : 地球の大きさを「肌身で感じた」人で頭に思い浮かんだのが、人類誕生の旅を人力でたどったグレートジャーニー関野吉晴さん。その関野さんが、自然から採取した材料だけで舟をつくり、インドネシアから日本まで航海した記録
  • 『OLIVE いのちを守るハンドブック』NOSINGER(メディアファクトリー)
  • 『体験版 わが家の防災-本当に役立つ防災グッズ体験レポート』玉木貴(駒草出版)
  • 『夏の朝の成層圏』池澤夏樹(中公文庫)
  • 『ミニヤコンカ奇跡の生還』松田宏也(ヤマケイ文庫)
  • 『ドキュメント生還』羽根田治(ヤマケイ文庫)
  • 『たった一人の生還「たか号」漂流二十七日間の闘い』佐野三治(ヤマケイ文庫)
  • 『サバイバル』さいとうたかを(リイド文庫)
  • 『チベット旅行記』河口慧海(講談社学術文庫?)
  • 『垂直の記憶』山野井泰史(ヤマケイ文庫)
  • 『エンデュアランス号漂流記』アーネスト・シャクルトン(中公文庫)
  • 『初秋』ロバート・B. パーカー(ハヤカワ文庫)
  • 『生きる技術』鶴見俊輔、森毅ほか(ちくま文庫)
  • 『スカー・ティッシュ アンソニー・キーディス自伝』アンソニー・キーディス(シンコーミュージック)
  • "Star Guitar"ケミカル・ブラザーズ(EMI)
  • 『大西洋漂流76日間』スティーヴン・キャラハン(ハヤカワ文庫)
  • 『空へ エヴェレストの悲劇はなぜ起きたか』ジョン・クラカワー(文春文庫)
  • 『人間の土地』サン=テグジュペリ(新潮文庫)
  • 『夜間飛行』サン=テグジュペリ(新潮文庫)
  • 『星の王子さま』サン=テグジュペリ(新潮文庫)
  • 『コン・ティキ号漂流記』トール・ヘイエルダール(河出文庫)

 それを言ったら、これも「サバイバル」だろう、というのがいくらでも出てくる。試みに、休憩時間に出し合ったら、こんなに沢山の「サバイバル」が!

  • 銭金 : 『闇金ウシジマくん』真鍋昌平、『カイジ』『アカギ』『銀と金』福本伸行
  • 汚染 : 『ザ・デイ・アフター・トゥモロー』ローランド・エメリッヒ監督、『渚にて』ネビル・シュート、『アウトブレイク』 ウォルフガング・ペーターゼン監督
  • 戦い : 『風の谷のナウシカ』、『宇宙戦艦ヤマト』、『新世紀エヴァンゲリオン』、『機動戦士ガンダム』
  • ゾンビ : 『アイアムヒーロー』花沢健吾、『ウォーキング・デッド』ロバート・カークマン、『サバイバル・オブ・ザ・デッド』、『ザ・ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』(Dawn,Dayも)ロメロ監督、『ハイスクール・オブ・ザ・デッド』佐藤大輔
  • 災害 : 『ドラゴンヘッド』望月峯太郎、『日本沈没』小松左京、『漂流教室』楳図かずお

 他にも、『夜と霧』、『バトルロワイヤル』、『ダメおやじ』、『生きてこそ』、『だからあなたも生きぬいて』、『MASTERキートン』など。考えてみると、好むと好まざるとに関わらず、異様な状況に放り込まれた主人公(たち)が、過酷な現実を生き抜き、そこから脱出する話は、あらゆるストーリーの基本フォーマットだね。SFや歴史で縛っても、いくらでも出てきそう。

 恒例の「ブックシャッフル」は、ちと意外な展開となった。放流本のうち、「これが欲しい!」と手をあげた本は、他のライバルがいない場合、最初に宣言した人のものとなる。ライバルがいたら、ジャンケン争奪戦となる。これまでのジンクスで、「ライバルがいた場合、最初に宣言した人が負ける」という不思議な法則があった。

 ところが今回は、そのジンクスが破られるという展開がほとんどで、「後から立候補」作戦はことごとく失敗に終わったのだ(かくいうわたしも撃沈した一人)。スゴ本オフおそるべし。

スイーツも沢山、お酒もたっぷり(撮るの忘れた)
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お団子は大好評だった(らしい、食べるの忘れた)
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 ゆるゆる、だらだら、アツく語る数時間は、U-stream[sugohon]で実況した。視聴された方は、ユルい雰囲気は伝わったかと。

 次回のテーマは、「グローバル」。ご興味ある方は、[facebookスゴ本オフ]をチェックしてほしい。


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ないもの、あります『注文の多い注文書』

注文の多い注文書 小川洋子とクラフト・エヴィング商會の、珠玉のコラボレーション。

 小説―――と呼んでいいのかしらと思う一方、挿し込まれるアートは鮮やかに想像を裏打ちするので、読む体験と言ったほうがいい。読み人を選ぶので、ピンときたらどうぞ。

 case1 人体欠視症治療薬
 case2 バナナフィッシュの耳石
 case3 貧乏な叔母さん
 case4 肺に咲く睡蓮
 case5 冥途の落丁

 「バナナフィッシュ」って"あの"うってつけの奴?と想像しながら開く。「肺に咲く睡蓮」は、きっとアレだよなぁ(未読だけど)、と予想してみる。case3にピンとくる方は、村上春樹ファンかも。そう、これは、小説を底本とした「探しもの」を発注する客と、古今東西の「ないもの」をお届けするクラフトエヴィング商會の、ユーモラスで頓智の利いて、ときに残酷な交感書簡。

 上手いな、と思うのは、発注する客のストーリーをこしらえる小川洋子の創造力。「探しものはなんですか」という問いかけに、その「ないもの」が必要になった経緯や心情をとつとつと語らせる。その発想がリアルで不思議なんだ。

 たとえば、「人体欠視症」とは、恋人が見えなくなる病気で、触れたところから"消えて"ゆくという。つないだ手、キスした唇、肘、耳、喉仏、肩そして胸と、愛しい人が見つけにくい透明なる件は、すこし奇妙で、ちょっと怖い。治療薬を求めて医者にかかり、鞄の中も机の中も探したけれど見つかるべくもない。それでもまだまだ探す気でいる若い女性の告白が、「注文書」の章になる。

 これに応えたのが、クラフト・エヴィング商會の「納品書」の章。色は漆黒、大豆ほどの大きさで、飲めば視界晴れ渡り、米粒に写経も可だという。ただし、この薬は「欠視症」になった人しか見ることができない。p.44に薬の入ったガラス瓶の写真があるのだが、中の丸薬は見えるだろうか。もし見えるなら、あなたは「欠視症」なのだ。

 これを受け取った彼女の「受領書」が切ない。時は平等に残酷で、人はうつろう存在であることが思い知らされる。でも待てよ、「受領書」が本当で、p.44の丸薬が見えるわたしって、「欠視症」なだけではなく、まだ発病していない。それって……ということなの!? と、ストンと腑に落ちる(まるで、恋に堕ちるように)。

 注文書、納品書、受領書、絶妙な掛け合いコラボは、読み手を巻き込んで、踊りませんかと誘われているよう。懐かしくて不思議な夢の中へ、行ってみたいと思いませんかと訊かれたら、case2の「バナナフィッシュ」を推す。私だけがサリンジャーを理解してる、「あの文体が素晴らしいという自分」に酔う姿をアイロニカルに、しかもすごい秘密をさらりと明かしてくれるのがいい。魚よりも、"うってつけ(A Perfect Day)"の方に秘密があるなんて、また読みたくなるではないか。

 そう、これは再読の誘惑に満ちた本でもある。知っている話から、こんなに豊かな創造力が広がるんだと驚き、再び元の小説に戻りたくなる。もちろん未読でも大丈夫、むしろアレンジの素晴らしさから、初読の喜びもひとしお増すことだろう。

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バッドエンド100%『もっと厭な物語』

もっと厭な物語 恐怖にまさる愉しみはない、それが他人の身にふりかかったものであるかぎり。だが、これは本当に“他人”の話なのだろうか―――

 安全な位置から人の不幸を味わううちに、いつのまにか戻れない場所にたどり着く。まさに“蜜の味”なるハニートラップ。物語の結末を見たいがために、半ば自発的に覗き込む最後の深淵は、実はひた隠しにしていたわたし自身の闇奥だったことに気づかされる。最も恐怖するものこそが、自分の本質だったことを思い知る。

 後味の悪い短編だけを精選して編んだ、バッドエンド100%の短篇集『厭な物語』がパワーアップして帰ってきた。前回のレビューは、[どくいり、きけん短篇集『厭な物語』]にまとめてあるが、生理的に大好物ですぞこういうのは。読後のカタルシスを自覚すると、わたしのゲス度が可視化され見透かされているような気分になる。

 どのあたりが「もっと厭」かというと、ずばり和物を入れたこと。昭和の日本人だといるねこんな残虐な奴……と思ってたら、まさかそこまで連れて行かれるとは(そしてそこは平成の厭な奴だぞ)と驚いた草野唯雄『皮を剥ぐ』や、アンソロジーの並べ方で哀しさよりおぞましさが際立つ小川未明『赤い蝋燭と人魚』、そして冒頭を飾るの夏目漱石のアレだ。「漱石が書いた、最も不気味な短篇」として、今あなたの頭に浮かんだのが正解だ(未読の方は、第一夜からどうぞ)。

 面食らったのが、クライブ・バーカー『恐怖の探求』。読むスプラッター“血の本”シリーズは正座して全読したはずなのだが、見覚えの無いタイトルである。はてこれは!? と読み始めて膝を打つ。タイトルをまるきり改変しているのだが、編集者によるとネタバレ回避のためだという。なるほど、優しい配慮なり。ただし中は優しくない。「恐怖とは何か」について、徹底的に抉り出して見せ付けてくれるから、間違いなく厭な気分になる。頭の中でアレコレ怖がっているだけならいいんだよ。でも、想像に現実が追いつくことが、こんなにおぞましいなんて、プリミティブなレベルで教えてくれる。

 なぜこんな、「厭な話」を読むのか。不気味で理不尽で、暴力と恐怖にまみれ、グロテスクで凄惨で、生理的に受けいれ難い残虐描写を好んで読むのは、なぜなのか。編者によると、味覚のバリエーションと同じだという。単なる甘味や塩気では物足りない、もっと深い味わいを求めて、酸味や苦味、発酵臭を愉しむようなものなのだという。なるほど、悪食礼賛やね。

 わたしの動機は、かなり違う。どんなにおぞましい話でも、どんなに非道なラストでも、かならず終わりは来る。最後のページを閉じたとき、同じ現実に居なくてよかった、とホッと安心するため、読後のカタスシスを得るために、わざわざどぎつい作品を選ぶのだ。

 そして、そのカタルシスそのものが間違いだということに気づく。フィクションの皮を被った現実に打ちのめされる。物語と地続きのところにいるどころか、自分の中に同じ深淵を見つけてしまうことが、たまらなく露悪的なのだ。俺の中に邪悪がある、この事実を知るために、誰かを殺さなくてもいいし、わたしが破滅する必要もない。安全に、自分の闇を確認できる。わたしという皮を被った悪魔を見つけて喜ぶ。そのために、小説という狂気に委ねるのだ。

 そういう意味で、読み手の狂気を確認・加速する以下の作品を挙げたい。読むと確実に神経に障る悪書なり。読後のカタルシスを通じて、自分の悪辣さを感じ、心底胸クソ悪くなりたいときに、どうぞ。

  1. 山川方夫『夏の葬列』
  2. 田山花袋『少女病』
  3. 筒井康隆『問題外科』
  4. マルキ・ド・サド『ジェローム神父』
  5. 野坂昭如『骨餓身峠死人葛』
  6. ジョナサン・スウィフト『アイルランドの貧民の子供たちが両親及び国の負担となることを防ぎ、国家社会の有益なる存在たらしめるための穏健なる提案』

 読書は毒書、闇を覗くものはまた、闇からも覗かれていることを自覚させるアンソロジー。

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空も飛べるはず『飛ぶ力学』

飛ぶ力学 飛行力学の肝心な点を、一冊にまとめたもの。

 紙ヒコーキからボーイング、ステルス戦闘機、プテラノドンを例に、空飛ぶ力学のエッセンスを解説する。「きっと今は自由に」飛ぶためには、揚力だけでは不十分で、流れに対し機体をコントロールする必要がある。

 「実機と紙ヒコーキはどこが違うか」→重心と静安定
 「フォークボールはなぜ落ちる」→レイノルズ数
 「操縦と運転はどこが違うか」→縦の姿勢制御
 「飛行機と“空飛ぶ絨毯”の違い」→誘導抵抗
 「ヘリコプターのローターが大きい理由」→空中静止

など、章タイトルの疑問に答える形で、風見安定、流れの本質、機体サイズの影響、操縦の極意を説明する。人類が「飛ぶ理屈」を探り出す歴史を追ったものが『飛行機物語』である一方で、そこから「飛ぶ本質」を掴みだしたのが『飛ぶ力学』といえる。

 東大教授のやさしい語り口調ではあるものの、数式やグラフがかなり出てきてて、理解に手こずる。わたしの勉強不足かもしれないが、レイノルズ数と失速迎角、最大揚力係数の関係を扱ったグラフや、誘導抵抗係数と揚力係数を表わしたポーラー曲線は難しかった。理解というより、理論と実値の結果を「そんなものなのか」と受け止めるに留まった(ここからは勉強の世界だね)。

 非常に面白く感じたのが、二乗三乗の法則の解説。これは、飛行機に働く空気力は、機体サイズの二乗に比例し、重さの三乗に比例する法則のことで、289トンのB-747と、18グラムの紙ヒコーキが、同列に扱われている。特に、アスペクト比(翼の縦横比)で比較すると、質量変化が10^7であったとしても、紙だろうが鉄塊だろうとも、本質的に変わらない。これは、生物学をサイズという観点でとらえた『ゾウの時間ネズミの時間』を想起させる。「生涯の鼓動の回数は、ゾウもネズミも20億」に示されるように、代謝とサイズを対数として捉えると、本質が見えてくる。

 物理的なサイズだけにとらわれない見方をすると、『風の谷のナウシカ』に出てくる飛行器「メーヴェ」の謎が解けるかも。あの翼サイズでは空力的に飛べないだろうと思っていたが、ひょっとしてあの世界の「人」のサイズそのものが小さいのではないだろうか。本書にメーヴェは登場しないが、サイズを超えた本質を示されると、そんな発想を得ることができる。

 また、子どもの頃からのヘリコプターの謎が、ようやく腑に落ちたのが嬉しい。あれだけの重量を、ただ回転するブレードの揚力だけで持ち上げるには、ローター軸が細すぎて剛性が足りないのではないかと感じていたが、これは、二つのヒンジ(蝶番)によって解決している。回転面に対し垂直方向と水平方向にヒンジがあり、これがローターの付け根部分のモーメントをゼロにするというのだ。

 ジャンボ、翼竜、紙ヒコーキに共通する「飛ぶ本質」を理解する一冊。

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神経に、直接障るアンソロジー『リテラリーゴシック・イン・ジャパン』

リテラリーゴシック・イン・ジャパン 暗黒で残酷な「文学的ゴシック」なるものを提唱し、読み人を不穏にさせる名品を集めた一冊。

 ラインナップが奇妙かつ絶妙なり。乱歩や澁澤といった定番もある一方で、小川洋子、三島由紀夫、伊藤計劃、宮沢賢治といった、従来のゴシック観を塗り替えてしまう作品が挙がっている。

 それもそのはず、いわゆる「ゴシック小説」や「ゴシックロマンス」「ゴスロリ」ではない。そういう、狭いフォーマットを狙って書かれた類型的作品ではなく、人の持つ暗黒面だとか、身体への過度の執着あるいは嫌悪、さらにはひたすらに美しさを追及した死体がモチーフになる。時代も背景も道具立ても様式も自由なので、「この作家がゴシック?」という疑問をいったん飲み込んで読み込むと、和風ゴシック(和ゴシ)の可能性の広がりを感じ取ることができる。

 たとえば、三島由紀夫『月澹荘綺譚』が拘っているのは“視線”だと炙り出される。これ単品で読んだなら気づかないだろう。景色や女人の、ビジュアルとして美を嘗め回すように書き出す筆致は、そのまま月澹荘の主の異様な行動を裏づけし、彼の運命につながる。見ることに貪欲でありながら嫌悪していることが伝わってくる。あるいは、桜庭一樹『ジャングリン・パパの愛撫の手』で、おおきな胸をまさぐり、やさしく秘部をかき分け、愛を導くのは“両手”だ。なぜ本人のものではない両手が、そうした行動をとるに至ったかは作品に任せるとして、腕フェチ大満足の頽廃エロスだろう。

 これほど自由な和ゴシなら、「なぜこれがない?」と疑問も出る。腕フェチズムなら川端康成『片腕』だろうし、三島の残酷耽美の究極といえば『憂国』を挙げたい。漱石『夢十夜』も浮かんでくる(編者も同じことを考えたはずだ)。おそらく、「リテラリーゴシックとは何か」に具体的に応えるため、できるだけ数多くの短い作品を集めたかったのだろう。

 だから、どれも紙数が少なく、あっという間に読めてしまう。だが、どのページを開いても、そこには、終末と頽廃、異形と猟奇、人外と耽美が詰まっている。いや、それしか埋まっていないと言っていい。ゴシックを狙って書いた作品ではなく、描かれたテーマや主題に、ゴシックハートが宿ってしまっているのだ。

 もちろん定番もある。澁澤龍彦『幼児殺戮者』では、青髭伝説のモデルとなったジル・ド・レエを挙げて、犯罪者の本質的なエキジビショニズム(誇示癖)を語る。犠牲者の腹を割き、手足をばらばらにし、どろどろした臓腑に浸りながら、断末魔の苦悶と痙攣を恍惚として眺め、瀕死の肉体の上に精液を射出したが、彼が何よりも望んでいたのは、性的な快楽よりもむしろ殺すことの喜び、血を見ることの喜びであったという。これは戦争行為の代替であり、同時に公開処刑への無意識の欲求が潜んでいると指摘する。人間の暗黒面をずばり引きずり出してくるので、読み手によっては皮膚を剥かれる思いをするかもしれない。

 この、「読めば分かる」といわんばかりのラインナップ。悪食の和ゴシの醍醐味を堪能せよ。

北原白秋  『夜』
泉鏡花   『絵本の春』
宮沢賢治  『毒もみのすきな署長さん』
江戸川乱歩 『残虐への郷愁』
横溝正史  『かいやぐら物語』
小栗虫太郎 『失楽園殺人事件』
三島由紀夫 『月澹荘綺譚』
倉橋由美子 『醜魔たち』
塚本邦雄  『僧帽筋』
塚本邦雄  三十三首
高橋睦郎  『第九の欠落を含む十の詩篇』
吉岡実   『僧侶』
中井英夫  『薔薇の縛め』
澁澤龍彦  『幼児殺戮者』
須永朝彦  『就眠儀式』
金井美恵子 『兎』
葛原妙子  三十三首
高柳重信  十一句
吉田知子  『大広間』
竹内健   『紫色の丘』
赤江瀑   『花曝れ首』
藤原月彦  三十三句
山尾悠子  『傳説』
古井由吉  『眉雨』
皆川博子  『春の滅び』
久世光彦  『人攫いの午後』
乙一    『暗黒系 goth』
伊藤計劃  『セカイ、蛮族、ぼく。』
桜庭一樹  『ジャングリン・パパの愛撫の手』
京極夏彦  『逃げよう』
小川洋子  『老婆J』
大槻ケンヂ 『ステーシー異聞 再殺部隊隊長の回想』
倉阪鬼一郎 『老年』
金原ひとみ 『ミンク』
木下古栗  『デーモン日暮』
藤野可織  『今日の心霊』
中里友香  『人魚の肉』
川口晴美  『壁』
高原英理  『グレー・グレー』


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