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人類は飛行をどのように理解したか『飛行機技術の歴史』『飛行機物語』

 最近知って、驚いた事実。

“オーヴィル・ライト(ライト兄弟の弟)が死んだとき、ニール・アームストロング(月面着陸した人類初の宇宙飛行士)は、すでに17歳だった”

 ライトフライヤーからアポロ11号まで、飛行技術の革新性は、スピードというより跳躍だ。だが、この時代だけが凄いのではない。「飛ぶとは何か」は、常に想像され、試され、実証されてきた。「飛行機は、なぜ飛べるのか」をトートロジーに陥らずに振り返ると、人類が飛行を理解した歴史になる。

飛行機技術の歴史 『飛行機技術の歴史』は、ライトフライヤー以前と以後の二つに分けている。前者は、ダ・ヴィンチの羽ばたき機から始まって、ニュートンの科学革命、空中蒸気車、グライダーの試行錯誤とデータの積み重ねの歴史になる。「なぜ飛べるのか」に対し、具体的に跳ぼうとした人々のドラマが描かれている。ライト兄弟は、こうした既存技術を適用した結果に過ぎないという。もちろん飛行制御を考慮した設計は特筆すべきだが、飛行技術への新たな貢献は修辞的な意味しかないというのだ。

 ライトフライヤー以後は、戦争道具としての歴史になる。もちろん、見世物としての曲芸飛行や旅客機による大量輸送も出てくるが、あくまでも戦略・戦術兵器としての役割が、その開発を推し進めたことは否定できない。フランスのSPAD複葉機からロッキードのステルス戦闘機まで、大量にある図版、写真の大部分は戦うための道具を示している。だがどうだろう、モノコックのずんぐりした流線型や、ジェラルミンで覆われた爆撃機を眺めていると、そこにある種の必然的な美しさを見ることができる。棍棒が日本刀になる過程を目の当たりにしているような気分になる。

 外見の変遷だけでなく、木や皮から鉄やジェラルミン、チタンといった素材の変化、プロペラからジェットエンジンへの推進技術の移り変わりは、それぞれのターニングポイントとなった事故、実験、人物に焦点が当てられている。構成物の信頼性や音速の壁という課題を解決するため、飛行機をリデザインしていく様は、「飛行」への理解を深めるというよりも、むしろ「飛行」そのものを再定義してきた歴史になる。

 著者の専門である空気力学からのアプローチが興味深い。飛行中の翼に“まとわりつく”空気を説明する境界層概念が面白かった。断面図から観察すると、翼が“粘りながら”進む様子が分かる。逆に、迎え角が大きすぎた場合の失速時は、この粘り気が翼から離れてしまっていることも見えてくる。揚力の概念は想像できるが、空気の粘性という発想は目鱗だった。音速に近づくにつれ、空気の振る舞いはドラスティックに変化する。揚力を得るための味方だった空気が、文字通り壁になる。空気力学、推進工学、構造力学、材料工学にとって、このブレイクスルーは、最初の飛翔に匹敵するくらいの革新性を持つという。

 航空技術の歴史を俯瞰したものだが、トリビアもてんこ盛りとなっている。最新鋭戦闘機の主翼を構成する炭素繊維複合材料は、東レ、帝人、三菱ケミカルの3社が世界市場の70%を占めているという。日本企業なかりせば、戦闘機が飛べないというのも歴史の皮肉だ。また、アルフォンス・ペノーが1876年に出願した大型飛行機の特許図が、どう見ても『未来少年コナン』のギガンドだったり、1925年に行われたスピードレースの優勝機・カーチスR3C-2が『紅の豚』を彷彿としてしまうなど、記憶の別のスイッチが刺激されて愉快だ。

飛行機物語 『飛行機物語』は、「飛ぶ」原理の観点から、飛行機が作り上げられる科学と技術の歴史をまとめている。揚力の問題を手始めに、「エンジンはどのように開発されたのか」「飛行機はいつから金属製に変わったのか「ジェット・エンジンはどのように生まれたのか」といったテーマに対し、飛行機の発展を時系列に解説する。「飛行機とは、飛ぶ機械であるもの」ことを当たり前のように受け入れてしまっているが、この100年間は、飛行機を飛行機たらしめるために湧き出る問題と解決の歴史であることが分かる。

 もちろん本書でもライト兄弟に紙数を割いているが、目を引いたのは図書館(博物館)の存在だ。ウィルバー・ライトは、スミソニアン協会に手紙を書き、航空に関する資料を送ってもらうよう依頼した。ラングレー『空気力学の実験』(1891)、シャヌート『飛行器機の進歩』(1894)、リリエンタール『飛行の問題と飛行に関する実用的実験』が送られたという。これらの資料を検討することで、ライト兄弟は当時の航空工学の全容を知ることができたのだ。航空技術の知識や実験データが、共有できる形でまとめられていたことは大きい。データに誤りがあり、自分で追試することもあったが、こうした「まとめ」があったからこそ、膨大な時間と危険とコストを回避し、最終的に飛ぶことに至ったのだ。

 「飛ぶ」メカニズムの解説が興味深い。ニュートンやベルヌーイ、オイラーの数式を単純に紹介するだけでなく、現実に当てはめてゆくことで、「飛ぶ」実感レベルにまで落とし込んでくれる(空気の“重さ”を実感させる件もある)。グライダーの揚力と抵抗の比(揚抗比)と経路角の関係や、構成材料の座屈現象の解析する数式、さらに非粘性流体の方程式を見ていると、飛行を支えている数学が見えてくる。まさに、飛行機は数学で飛んでいるのだ

 日本の視点があるのも嬉しい。明治時代に飛行機の原理を研究し、独自の構想で「飛行器」を考案した奇才・二宮忠八の生涯が面白い。そのアイデアの素晴らしさに反比例した上長の頭の堅さに憤ることだろう。また、第二次世界大戦中、ドイツから送られてきた1枚の断面図から、日本初のジェットエンジン「ネ20」を開発し、ジェット機「橘花」の初飛行に成功したエピソードはプロジェクトほにゃららを観ているようだ。日本人は、制約が課せられるほど変態的な能力を発揮することがよく分かる。

 huyukiitoichiさんがズバリ、「飛行機を創りあげる歴史は飛行機が飛ぶ理屈をひとつひとつ探り当てる歴史でもある」と言い切る(言い得て妙!)。翼の形態、機体の素材と構造、推進機構のそれぞれの「理屈」を知的興奮と共に追体験すべし。

 歴史を振り返ることで、飛行を理解するための二冊。

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