事故る人と事故らない人のあいだ『交通事故学』
日本人は一生のうち、一度は交通事故に遭遇して負傷するか死亡する可能性があるという。本書は、その確率をより小さくするための一助となる。
著者は早稲田大学の教員で、行動特性の観点から交通事故におけるヒューマンエラー分析を行ってきた。その知見を元に、人間心理、車の構造、交通システム、運転環境の視点で、「どうしたら事故を減らせるか」に迫る。人は間違いをするものだが、車が衝突するかしないかは、ドライバー次第であるという主張に身が引き締まる。事故る人と事故らない人のあいだには、運以外のものが沢山あることが分かる。
「人は間違える」という前提で、「物陰から急に飛び出してきた」という証言や、「とっさのことで間に合わなかった」という説明が再検証される。突然、危険が発生したかのように聞こえるが、実はその前に判断材料があるにもかかわらず見落とし、判断せずに進行してしまったため事故に至ったケースがほとんどだという。その「突然」をなくすのが、“かもしれない運転”になる。JAF会報誌の連載「事故ファイル」の危険予知クイズで鍛えられたが、そうした“かもしれない”事例集として本書は役立つ。
アイカメラを装着した熟練者と初心者に高速道路を運転してもらい、「実際に何を見ているか」を調査した結果が瞭然だ。熟練者は中心視で道路の消失点を見て、レーン位置などは周辺視で捉える。一方、初心者は中心視であちこち見回し、時に運転と関係ない電柱などを凝視する。特に、「カーブの内側を見る」点が如実で、熟練者の7割が注視する一方、初心者は3割に留まっている。「進行方向を見る」をさらに意識したい。
かなり厳しい意見なのが、高齢者ドライバーについて。視機能、運動機能、反応速度の低下、判断誤りなど、加齢に伴う影響は数え切れない。にも関わらず、心身機能の低下を認めようとせず、身勝手なルール解釈が習慣的行動になっているのが現状だという。
重要なのは、そういう車で、道路はあふれていることを前提に行動しなさいという点だ。前方不注意や判断ミス、ブレーキとアクセルの踏み間違い、唐突な割り込みをする高齢者がこれからも続々と増えてくる……そのつもりでいないと。免許の年齢制限といった施策が求められるだろうが、実現は遅々としている。
飲酒運転が危険である理由の一つに、認知判断力の低下がある。では、認知判断力が低下している人がハンドルを握るのは大丈夫なのだろうか?報道がそういうスタンスにならない限り、この問題を解決する機運は盛り上がらない。老老介護や老老犯罪、あるいは老老相続が一般化しつつある。同様に、認知判断力が低下した高齢の歩行者を、これまた高齢ドライバーが轢くといった老老事故が増加することは、想像に難くない。だから、いま目の前にいる高齢者ドライバーには、電車のシルバーシートのように、道を譲るぐらいの気持ちでいっていただこう。
ハンドルを握る前に、交通のリスク管理をすることができる。全国に約3200箇所あるという事故多発地点マップは、損害保険協会の[全国交通事故多発交差点マップ]が詳しい。まずは近所を調べてみよう。あるいは、HONDAのWeb・スマホ地図「SAFETY MAP」が役立ちそうだ。ホンダカーナビシステム「インターナビ」から得られた急ブレーキ多発地点情報や、警察から提供された事故情報を元に作成された、危険箇所をシェアするシステムだ。オートドライビングよりも、こうした危険箇所とカーナビを融合させたサービスが欲しい。著者は、危険予知トレーニングとして、タブレット端末で訓練できるソフトを開発して提供している。ドライバー目線で交通状況が表示され、ハザードをいかに早く発見できるかという「Hazard Touch」というらしい(App storeで探しても見つからない…)。
予防の1オンスは治療の1ポンドに優る。事故らぬ先の杖として、ドライバー必携の1オンス。

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