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『食品偽装の歴史』はスゴ本

 嫁さんがぷんぷん丸でござる。

 何ごとかと聞いてみたところ、「芝エビがね!」「ローストビーフが!」とのこと。なるほど食品偽装か。年末とかに定期的に流行るよね。確かにブランドイメージは傷つくかもしれないが、エビや牛肉に限った話じゃないよ。安さを追求した(追求させた)結果なんだし。

 「それ、何のこと?」と問われる。ほら、回転寿司の「マグロ」があるじゃない。魚屋の結構な値がついているマグロが、コンベアの上だとなぜか安くなるのは、営業努力だけじゃないよ(NAVERまとめ[代用魚])。「マグロ」に限らず、スーパーの「シシャモ」「ベーコン」のような、“安すぎるもの”には理由がある。世間には欺瞞が溢れているのだから、嘘ノー残デーとか偽乳のほうが実質的に問題だろ……と言ったら「一緒にすんな」と怒られた。

 ちょっと思い出すだけでも、BSE(狂牛病)や毒ギョーザ、雪印といったキーワードから、産地偽装や賞味期限の改ざんと枚挙に暇がない。闇に消えたものもある。「ゾンビバーガー」や「期限切れコンビニ弁当」は問題になるはずなのに、マスコミが大々的に取り上げたことは皆無だ(少なくともわたしの記憶では)。「ゾンビバーガー」は隠語だったのに、今では別の意味で完全に上書きされている(KYは珊瑚を削った落書きではなく、“空気読めない”で上書かれたのと同じ)。

 食の闇、今に始まったことではないが、昔はどうだったんだろうと紐解いてみたら、これがまた凄まじい歴史だった。

 著者が英国人のためか、欧米を中心とした食品偽装の歴史だ。美味なるワインのため鉛中毒になった古代ローマ人から始まって、目方をごまかしたパン屋がたどった運命(灼熱したオーブンに放り込まれた)、産業革命後は悪質さのオンパレードとなる。虫・痰・糞だけでなく、化学物質を安易に使った、「毒」と呼んでもいい危険な混ぜ物工作がなされていた。フードライターでもある著者は、英国人の味音痴の仇といわんばかりに、徹底的に暴きたてる。

 本書の姿勢は、混ぜ物や偽装、保存料・添加物、遺伝子操作の問題を、暗黒の歴史として描く。そこにまつわる様々な問題―――純正食品問題、原産地表示、マーガリン論争、合法的添加物問題、保存料問題、トランス脂肪酸、自然食品問題といった論争を、フラットな立場からてんこ盛りのエピソードで紹介してくれる。Wikipediaなら、[食品偽装問題][食の安全][産地偽装] を、欧米ネタでどろり濃厚にしたやつだと思えばいい。間違いなく食欲がなくなるレポートもあるので、読むタイミングに気をつけて。

 食の黒歴史なだけでなく、様々な読み方ができて興味深い。儲かるためなら他人の健康を損ねてもいいという悪意の文化史として読める。騙そうとする業者と、騙されまいとする消費者の歴史は、そのまま錬金術から科学史になる。「鼠肉バーガー」「人間ラード」の都市伝説を追いかけると、業者へのやっかみと搾取の実態が透け見える。大量消費をまかなう大量生産の産業史として捉えると、延びきったサプライチェーンの問題が浮かぶ。見かけと味をよくするためのテクノロジーの発達と、反発する消費者の歴史として読むと、「健康のためなら死んでもいい」精神が今でも息づいていることが分かる。食品のパッケージングとブランドの変遷として見るなら、文化とグローバリゼーションの摩擦の歴史と読める。どんな読み方をしても得るところ大なり。

 たとえば、「混ぜ物」をするという概念の変化に着目すると、混ぜ物は必ずしも悪にならないことに気づく。1850年代には、塩はバターの「混ぜ物」とされていた(バターが腐りかけているのをごまかすため)。だが、今では塩の入ったバターは、欺瞞の意図なしに普通に売られている。ビールに不可欠のホップが初めて英国で導入されたときには、不純物として、強い疑念をもって見られていたらしい。

 逆もまたしかり。かつて無害なものとされていたが、「混ぜ物」として再定義された成分もある。サッカリンや食品着色剤、トランス脂肪酸などがそうだ。粗悪なワインを良質に見せかけるために入れられたもの―――卵、ミョウバン、ゴム、そして鉛は、ときに本当に美味になったので、「鉛の錬金術師」はいたのかもしれない(人体には毒だけど)。

 食品偽装の原因をの全てを、供給側に求めるのは間違っているという観点もある。あえてイミテーション食品を求める消費者という視点が新しい。もちろん、戦争による物資不足のせいで、代用食で耐え忍んだというエピソードも紹介されている。しかし、安さや見栄え、さらには味の安定性を求めるあまり、本来とはかけ離れた製品を選んできた結果が、今なのだという指摘は手厳しい。より白いパンを求める消費者のため、ミョウバンを混ぜたパンが出回るのはパン屋のせいだけしちゃまずかろう。安さを求めるあまり粗悪な食が「普通」になってしまったとの恨み節は、英国の食事情の裏事情を垣間見るようだ。

 マーガリンはバターの代用品として供されてきたが、本来の価値を隠して、バターより「少し安い」値段で売っていることが指摘されている。米国のマーガリン憎悪の歴史を読んでいくうち、偽物を本物にするのはまさしく消費者なのだということが分かる。消費者は、「わかって」買っているのだ。これは、今なら牛乳と「低脂肪乳」になる。牛乳のパッケージで牛乳と並べて売っているから気づきにくいが、両者について非を言い立てる人がいないまま、受け入れられてゆくだろう。

 食品偽装は、経済によって動機付けられ、政治と科学によって決定される。かつての「詐欺行為」は、「自由貿易」とか「グローバリゼーション」といった抽象的な言葉に覆われ、拡散してしまっているが、本質はぜんぜん変わらない。食品偽装の歴史は、現代社会の歴史でもある。

 著者は、「自分の舌を信じて、賢く選びなさい」というメッセージを送ってくるが、経済・政治・科学の要素が切り離されない限り、食の欺瞞の歴史は続くだろう。テリー・ギリアム監督の映画『未来世紀ブラジル』では、レストランのメニューには料理名が無い。客は写真を見て「番号」で注文する(料理を名前で呼ぶのはタブー)。ある意味、純粋を突き詰めたディストピアなのだが、食品偽装の歴史は、未来社会の歴史でもあるのだ。

 ため息をついていると、嫁さんから提案が。「ホンモノを食べないと、ホンモノの味が分からなくなっちゃうよね、だから回らない寿司屋さんに行きましょう」ですって。あれ、なんだか冷たい汗が出てきたぞ……

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コメント

「ゾンビバーガー」ってなんですか?気になります!

投稿: | 2013.12.07 14:25

>>名無しさん@2013.12.07 14:25

がんばって探してくださいね。
特定のキーワードで見つかります。さすがGoogle御大!

投稿: Dain | 2013.12.07 16:31

払った金に応じた商品やサービスしか出てこないのが資本主義。相応の金を払わず騒ぐ人も問題。。。
そもそも知った風な顔して食べておきながら、騒ぎになるまで偽装に気づかないのも、これまた問題。。。
「芝エビ」という記号の消費?記号消費はなお健在…

投稿: bobby | 2013.12.09 21:15

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