なぜヒトはおっぱいが好きなのか?『おっぱいの科学』
「いいえ、僕は尻派です」と嘯く人も、ちょっと付き合ってほしい。わたしだってオシリストだ[証拠]。だが、「なぜおっぱいなのか」について深く掘り下げた本書を読めば、女性の胸について認識を新たにするだろう。これは、【全年齢推奨】『ヴァギナ』と同じである。持ってはないが、知ってるつもりのあそこについて、いかに自分が無知であることを思い知らされるから。
大きなテーマは乳がんであるが、それだけではない。「なぜヒトの女性がおっぱいをもつようになったか」から始まって、哺乳の進化、乳房の構造と働きが解説される。そして、乳房の究極の“不自然史”ともいうべき豊乳手術の現状が体当たりでレポートされ、「母乳 vs 粉ミルク」論争の科学的決着、化学物質による母乳汚染について語られる。著者は二児の母のサイエンスライターで、ジャーナリストとしての冷めた目と、当事者としての熱い目の両方で、おっぱいのリアルを見つめる。
なぜおっぱいなのか?乳房の起源をめぐる話には政治的・性的・社会的思惑がついてまわる。乳房がどのように誕生したかを考えることは、乳房の「存在目的」を考えることになる。これは、非常に微妙な問題だ。
「男がおっぱいを好んだから」という性選択説とは、即ちこうだ。もともと、メスの外性器が赤く肥大化することで、生殖の準備ができたことを告げていた。だが、直立歩行により隠れてしまい、代わりに乳房が成熟したことを知らせるようになった。オスは乳房で健康と成熟を判断したのである。いっぽう著者は自然選択説を採っており、乳房とは単に脂肪を貯蔵する過程で生まれた副産物に過ぎないという。なんのために乳房があるのか、性選択と自然選択の両面から迫るが、自然選択説の分が悪そうに見える。しかし、乳房を性的なものとして捉えすぎることによる害については同意する。
私たちは乳房を性的な対象としてしか見ない世界に生きているために、乳房が本来もつ最も大事な機能(授乳と強烈な神経の感覚)を犠牲にしてまでセクシーになることを選び、ついにはその見返りにセクシーさのシンボルであるはずの器官が性的感覚を失うまでになっているメディアに偽房があふれる今、それを規準にして少年は少女を、少女は自分自身を判断するようになった。「あるべき理想の乳房」という固定化した観念は危険である。妊娠・出産・授乳期も含め、10年以上も観察し続けたから、そういえる。著者の言うとおり、「乳房とは絶えず変化する動的なプロセス」なのだから。
よく観察されてるわりに、人類は乳房を分かっていない。妊娠に乳がん予防効果があるという調査報告があるが、そのメカニズムはいまだに分かっていない。母乳は培養したヨーグルトに近く、乳汁の分泌が進化した一番の目的は栄養ではなく免疫力を与えることだった可能性が高いというが、粉ミルクはそこまで至っていない。乳房は外界を映し出す鏡で、化学物質が濃縮される場所でもあるが、どこまで母乳が“汚染”されているか、不透明なのが現状だ。
男女を問わず近くて遠い、おっぱいの最前線を刮目すべし。
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