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『本を書く』はスゴ本

アニー・ディラード『本を書く』は一読、わたしにとって、かなり重要な本になった。今後の人生で、何度も何度も読み返すことになる。その度に、発見し、叱咤され、伸ばした背中を押されるだろう。

 これは、よくある執筆のノウハウではない。「本を書く」とはどういうことかを、自分の作家人生を振り返りながら、冷徹に精確に伝えようとしている。著者はアニー・ディラード、『ティンカー・クリークのほとりで』でピューリッツァーを受賞している。削ぎ落とされ、非常に洗練された文を書く作家だ。

 「書く」行為に厳しくあろうとする意気込みと自信に圧倒されながら読む。うんと間口の広い『実践小説教室』の後だけに、読み進めるほど背筋はどんどん伸びていく。ふんだんに出てくるメタファーや挿話は、ユニークで分かりやすいが、そこから「書く」ヒントを得るのは読者の自由だ。

 たとえば、何を「書く」のかについて、ヘンリー・ソローを引いてくる。

ソローはこれを別の表現で言っている「自分の骨を知れ」「追跡し、追いつき、自分の人生の周囲をぐるぐると回ること。自分自身の骨を知ること。しゃぶりつき、埋め、また掘り返し、しゃぶりつくのだ」

 要するに自分を書くのだ。自分が最重要だと思うことを、「いまにも死にそうな人のように書く」という。しかも、読者はすべて死期に近い患者だと想定して書けという。要するに、もうすぐ死ぬと分かっていたら、何から書き始めるのか?死にかけている人に向かって、何を書くのか?「値するものを書け」と突きつけられているようで、耳が痛い。

 書くことは考えることであり、書かれたものは思索の跡になる。だが、「プロセスに意味はない。跡を消すがいい。道そのものは作品ではない」と容赦ない。「作家がへその緒を切る勇気がなかった作品はたくさんある。作家が正札を外さなかったプレゼントは結構あるものだ」と撫で斬る。

 どんなに愛着があっても、どんなに苦労して作った文章でも、入れることで作品が弱まるようなら、切れ、捨てろ、鳥に食わせてしまえと説く。分かる。文は、削れば削るほど良くなるから。だが、ディラードほどバッサリできるだろうか。へその緒を切れないとき、ここを読むつもりだ。

 「書く」ことをストイックに追求する、ディラード一流の寓話にが散りばめられている。テーマを得るために何を餌とするか。蜂蜜を取るために、蜂の巣を探す方法や、自分の腿の肉一片を餌に魚を釣った話、「やりかけの仕事はあっという間に野生に戻る。一晩で原始の状態に立ち返る」など、どこを開いても、発見と叱咤があり、背中を押される。

 現時点のわたしにとって、最重要の一節を引用する。わたしが、繰り返し読みたいからだ。

書くことについて私が知っているわずかなことの一つに、一回一回、すぐに使い尽くせ、打ち落とせ、弄べ、失え、ということがある。本の後ろのほうで、または別の本で使おうと思うな、取っておくな、ということだ。出すのだ。すべてを出し切るのだ。いますぐに。あとでもっと適当なところに使うためにとっておきたいと思う衝動こそ、いま使え、というシグナルである。もっと他のこと、もっと良いものは、あとで現れる。これらは後ろから、真下から、まるで湧き水のように満ちてくる。あなたが自由に、ふんだんに与えようとしないもの、それは消えてなくなってしまうものだ。

 「書く」ことに真摯であろうとする人にとって、重要な一冊。

 saruminoさん、この本を教えていただき、感謝しております。いい一冊に出会えました、ありがとうございます。

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コメント

いつも力の入った書評をありがとうございます。

こうやって引用してくださったのを読むと、ひとつひとつが警句の響きを持っている事に感嘆します。
改めてこの書の奥行きを感じる事ができました。感謝。

投稿: sarumino | 2013.09.05 12:52

>>saruminoさん

あらためて、ありがとうございます。まさに、「わたしが知らないスゴ本は、saruminoさんが読んでいる」ですね。おかげで、いい一冊に出会えました。このブログ記事を書くのに何度も見返したのですが、そのたびに「発見」がありました。

投稿: Dain | 2013.09.06 06:46

コメントの入力テスト(9/20 AM6:57)

投稿: Dain | 2013.09.20 06:57

>「書く」ことに真摯であろうとする人にとって、重要な一冊

いい本を紹介して頂きありがとうございます。
私もさっそく読んでみようと思います。
また、この本をブログで取り上げたいと思います。

投稿: クレーマー&クレーマー | 2013.09.27 12:39

>>クレーマー&クレーマーさん

コメントありがとうございます。「書く」ことに向き合うわたしの背中をぐっと押されること請け合います。良い本です。(厳しい言い方ですが)勇気をくれる、素晴らしい一冊ですよ。

投稿: Dain | 2013.09.27 18:30

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