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キッチン・サイエンスの定番『料理の科学』

 キッチンで起きるマジックの根本原理を、誰でも分かるように噛み砕いたエッセイ。章末には嬉しいレシピのおまけつきで、試したくなる。

料理の科学1料理の科学2

 ふだん料理をする人は、食材や調理道具の背景にある科学をどこまで理解しているだろうか。「おばあちゃんの知恵」だったり、レシピ本の受け売りばかりで、「なぜそうなのか」を説明できない場合が多いのではないか……といより、わたしがまさにそう。本書は、「ふだん料理をする人」が、料理の素朴な疑問に対し、科学の視点から答えている。

 たとえば、パスタを茹でるとき塩を加える本当の理由は?なぜ「塩する」と長持ちするのか?「冷凍焼け」とは?アルコールを飛ばしても残っているのでは?炭火とガス火の違いは?圧力鍋の原理は?電子レンジの原理は?食品照射は"安全"か?などなど(全ての疑問は、一巻目次二巻目次に載っている)。

 わたしの場合、料理漫画やウロ覚え知識で、「炭火とガス火」と「圧力鍋の原理」は合っていたが、他はほぼ全滅だった。自信のある方は、各節の冒頭の疑問に解答を用意してから読み進めると吉。

 単なる科学的説明にとどまらず、そこから派生する技も豊富にあり、大変ありがたい。飴色タマネギはひたすら炒めるしかないと思っていた。だが、飴色はデンプンが遊離糖に分解されカラメル化したものだから、「小さじ一杯の砂糖がカラメル化を促進させる」とある。悪手か妙手か分からないが、試してみるだけの価値はありそう。

 また、「白砂糖は害」「海塩はミネラルたっぷり」といった、料理の神話を解体させるにも効果がある。「○○は体に悪い(良い)」といった種々の言い伝えに、真っ向勝負を挑んでいる。要するに、「DHMOの誤謬」と一緒で、演出の仕方で毒にも薬にも印象づけることができる。証跡を重ねた原理に"印象"だけで判断されちゃたまったものではない、というスタンスが心地よい。

 ただし、料理は科学である一方で文化でもあるのだから、著者の主張に首を傾げたくなる部分もある。たとえば「うま味」の説明。「必ずしも食べ物の味をよくするわけではなく、風味を増強したり押し上げたりする」といい、日本人は昆布の"umami"に敏感だという解説に連なっている。だが、フォンでもコンソメもいいし、トマトを煮込むのも"umami"を増すためだろう。ダシ取らなかったら、何だって美味くないぜ、と言いたくなる。日本が敏感というよりも、米国の食文化が鈍感なのでは?と意地悪な目になる。

 誤訳なのか首を傾げる記述もある。パスタを茹でるときに塩を入れる理由について説明しているところ。著者は、もっともらしい様々な"理由"を一つ一つ排してゆく。以下、「沸点が上がるから」という理由を無意味だと評する件。

500gのパスタを6リットルの沸騰した湯で茹でる場合、小さじ一杯(20g)の食卓塩を加えて上昇する沸点の温度は、0.0007℃で、茹で時間を0.5秒かそこらは短縮してくれるかもしれません

 ここは知ってた。が、わたしが引っかかったのは、「小さじ一杯(20g)」。まじで!?小さじって、5ccだよね?なら、せいぜい5、6gのはずなのに、アメリカは小さじのスケールが違うのか……と思わず調べた(tablespoon=大さじ、teaspoon=小さじなので、"大さじ"が正しい/そのうち改訂されるとのこと)。

 また、「風味を増すため」という理由だけを主張し、他をことごとく否定しているくせに、「浸透圧の関係でパスタからソースへ水分が移動してしまうのを緩和するため」という説への反論はなかった。この説はネットでよく聞くが、裏付け調査やデータを目にしたことがないため、検証してほしかった。

 ヤードポンド法の悪習も垣間見えて面白い。「オンス」はオンスは、液体をはかるときに使われる「液量オンス」(29.6ml)と、重量をはかるときに使われる「重量オンス」(常用オンス、28.4g)、さらにはトロイオンスや英液量オンス、薬用オンスなど何種類もあるらしい。でも大丈夫、本書では重さ(g)と液量(cc)を統一して変換してくれているので、美味しそうなレシピも再現できるぞ。以下、作ってみたいレシピの覚書。

【ムール貝の白ワイン煮】(2人分)

海からやってきたファーストフード。ワシントン州にあるテイラー・シェルフィッシュ・ファームで養殖されたムラサキガイが、大きさ、肉付きのよさ、ジューシーさ、風味すべてにおいて最高という。

 ムール貝(洗って、足糸を除いたもの) 900g
 白ワイン 240cc
 シャロット(タマネギ代用可) 60cc
 ニンニクみじんぎり 2かけ
 パセリみじんぎり 120cc
 有塩バター 大さじ2

  1. ムール貝を洗い、ちょうつがいから出っ張った足糸と引っ張り取る
  2. きっちりフタのできる深鍋に、ワイン、シャロット、ニンニク、パセリを入れる
  3. ワインを沸騰させ、弱火で3分煮る
  4. ムール貝を加え、強火にする。しっかりフタをしてから、数回鍋を振り混ぜながら4~8分煮る
  5. ムール貝をスープ皿に取る
  6. 鍋が熱いうちにバターを加えて乳化したソースを作る
  7. ムール貝の上からソースを注ぎ、かりかりのパンと冷えたワインで

いつもアサリ酒蒸でやっているけれど(嫁子大好評)。ムール貝が手に入ったら白ワインで試してみよう。

【豆腐モカプディング】(標準4個分)

火を使わないプディング。豆腐+チョコレートという発想が凄い。

 セミスイート・チョコレートチップ 170g
 木綿豆腐(水切りしたもの) 1パック(340g)
 豆乳または牛乳 60cc
 濃いコーヒーまたはエスプレッソ 大さじ2
 バニラエッセンス少々
 塩ひとつまみ

  1. チョコレートを湯煎するか、電子レンジで溶かす
  2. ミキサーに豆腐、豆乳、コーヒー、バニラエッセンス、塩を入れて30秒
  3. ミキサーを回しながら、溶かしたチョコレートを加え、なめらかなクリーム状になるまで1分
  4. 1時間ほど冷やしていただく

 料理を実験ととらえ、徹底的にキッチンで遊んだ『Cooking for Geeks』とは一線を画し、『料理の科学』は、どちらかというとキッチン寄りのキッチン・サイエンス本となっている。読んで作って食べて、美味しく知識を深めよう。

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コメント

より科学的な料理本として
オライリージャパンの「Cooking for Geeks」
もおすすめです。

投稿: rin | 2013.08.30 16:52

投稿後に念のため検索したら記事の末尾ですでにcooking for geeksに触れられていますね。よく読まずに投稿してしまい申し訳ありません。

投稿: rin | 2013.08.30 16:57

>>rinさん

いえいえ、こうしてコメントいただけるお気持ちが嬉しいです。ありがとうございます。『Cooking for Geeks』は、普段料理をしない人を台所に招待する傑作ですね。

ナナメ読みしかしていませんが、このテの中では、『実況・料理生物学』(小倉明彦著)が白眉だと思います。「おいしさのコツは、科学と歴史」という観点から分析しています。

投稿: Dain | 2013.09.01 09:15

今頃ですが
ガッテンでやってましたね
http://www9.nhk.or.jp/gatten/archives/P20131009.html
で、6Lの水に塩20gだと0.3%だから
塩を入れないのと変わらないそうです。
コシを出すなら2%以上必要なので、120g、大匙6杯入れないといけません…
水1Lに対して塩大匙1杯ですから、覚えやすいですね…

投稿: kartis56 | 2014.08.22 00:42

>>kartis56さん

情報ありがとうございます。2.5%ってかなり濃い口ですね……と思いきや、すすぐためのお湯を準備するとは一手間掛けてる!
ただ、長時間水に浸しちゃうと、パスタ同士でくっついてしまうことがありますので、加減が大事かと(経験談)

投稿: Dain | 2014.08.23 11:54

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