夫婦はどこまで分かり合えないか『素晴らしき結婚生活』
一緒になってずいぶんだから、記憶も感覚もずっと共有してきたから、お互い分かり合っているというのは、錯覚だ。何かのはずみで感情の齟齬が破裂すると、目の前の女が分からなくなる。とはいうものの、意見の不一致やら感情のもつれは、お互いさま。そういうのに自分を慣らしていくのが結婚生活なのだろう。
だが、夫が殺人鬼であると知ってしまったら、慣れることができるだろうか。二十七年の結婚生活、二人の子どもを大人に育て上げ、平凡だが満ち足りた日々が、ある出来事をきっかけに、「暗い容赦のない」ものへと変わる。
スティーヴン・キング特有の、緊張感のもっていきかたが素晴らしい。日用品や何気ない仕草を濃密に描写していくうち、抜き差しならぬ圧迫感を共有させるやり口は、長いことキングから遠ざかっていたにもかかわらず、懐かしい恐怖を味わわせてくれる(本作が収録されている『ビッグ・ドライバー』もそうだが、残虐描写が際立っているのは、ケッチャムの影響か?)。
そして、最高まで張り詰めたテンションのまま、一気にラストへ畳み掛ける。そこで妻がやったこと、夫がしたことは、「お互いを分かり合っていない」からこそ成りおおせたんだと、後になって分かる。二重の意味で互いに誤解していたのは皮肉が効き過ぎるが、(殺人こそしていないが)わたしの結婚も似たようなもの。結婚生活は、互いを理解しているという慣れと誤解の上に成り立っている。
『恐怖の四季』といい、キングは中篇がページ・ターナーやね。読み手に対し、本能的といっていいくらいの反応を引き出し、「自分ならどうする?」とか、「なぜそんなこと?」といった考える余地を挟ませない。息するのも忘れて物語の最後へたどり着いたら、ほーっと安堵する。アドレナリンが脈打っているのが分かる、正真正銘のカタルシスなり。
「見知らぬ夫」というテーマは、ウィリアム・カッツの傑作『恐怖の誕生パーティー』を思い出す。いわゆるサプライズ・パーティー(びっくりパーティー)のため、夫の過去を調べ始めた妻が恐ろしいことに気づくのだが……という中篇。暴かれてゆく過去というサスペンスと、夫は殺人者?という疑惑と、夫を信じたいという愛情が上手くブレンドされている。徹夜小説やね。一気に読んで、腰を抜かすべし。

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コメント
はじめまして。
レビューの濃さに感動し、垣間見る変態紳士の姿にときめきながら楽しく読ませていただいています。
読書量もさることながら、文章力や知的好奇心の旺盛さには圧倒されます。
ふと思ったのですが、大学では何を専攻されていたのでしょうか。
学ぶことに貪欲な姿勢を拝見すると、とても気になります。
(決して学歴厨の煽りなどではございません)
特定が気になるようでしたら無視していただいてかまいません。
投稿: ひつじ | 2013.05.16 23:43
>>ひつじさん
お褒めにあずかり、感謝の至りです。社会学を専攻していた(はず)。大学を出てから勉強したクチです。
投稿: Dain | 2013.05.17 00:59