巨匠ボルヘスが選んだ文学全集『バベルの図書館4 フランス編』
アメリカ編、イギリス編ときて、今回はフランス編なのだが、ボルヘスが狙ってヤったのかどうかは別として、お国柄というか、対照的というか、臭うくらい性質が際立っている。
ポーやメルヴィルの狂気と揶揄を堪能するのがアメリカ編なら、ウェルズやサキの残酷な寓意に震えるのがイギリス編になる。特に、トリックや意外なオチの宝庫はイギリス編で、後世のミステリ、幻想譚のネタバレ集になっている。初読なのに懐かしさがこみ上げる。
フランス編で目を惹くのが、悪意。人のもつ純然たる悪意が、あからさまに描かれる。厭らしいことに、憎しみや妬ましさといった“不純物”が入っていないのだ。まじりっけなし、真っ直ぐな邪悪に触れてしまえる。ブラックユーモアといえばサキ(イギリス編)が有名だが、ブロワの場合、登場人物に敵意を抱いているとしか思えない。無邪気ともいえる書き口で、無慈悲な運命を抉ってみせる。そして、そのやり口も初読なのに懐かしいのだ。
たとえば、ボルヘス曰く、『ロンジュモーの囚人たち』はカフカを予兆しており、そのプロットは究極のプロットと言っても良いとまで持ち上げる。だが、わたしにはカフカの短篇よりも、若かりし頃のS.キング(でなきゃ、リチャード・バックマン)がいかにも書きそうな不条理に見える。『ある歯科医へのおそろしい罰』は、ホラー短編マンガにありそうな話だし、さもなくば新聞社会面にひっそりと載っていてもおかしくない。
あるいは、パンを便所に投げ込んでまわる人の話が、たまらなく嫌な気分にさせられる。そいつは、このことに憑かれて、パン屋に全財産を注ぎ込んだという。そいつは、いつなんどきも、大きなパンを小脇に抱えて歩いていた。いかにも楽しそうに、ぴょんぴょん跳ねながら、貧乏人の住む界隈の公衆便所に、いそいそ出かけて行くんだと。そしてたまたま、腹ぺこで死にそうな貧乏人の目の前で、これ見よがしにパンを投げ込むことができたりすれば、うれしさの余り天にも昇る心地になったという。
貧乏人の目の前で、パンを便所に投げ込むこと、そいつの生き甲斐は、この意地悪(もはや“邪悪意”といっていい)を果たすこと───これに一種の残虐さを見いだす。人の心に残虐なのだ。
人の悪意を見せ付けるために作り出された物語や、絶対的強者の残酷さをテーマとする寓話、正義と愚行が逆転してしまう奇譚などが、次々と広がっている。ボルヘスの紹介と相まって、半中毒状態に陥る。
ヴォルテール
メムノン
慰められた二人
スカルマンタドの旅行譚
ミクロメガス
白と黒
バビロンの王女
リラダン
希望
ツェ・イ・ラの冒険
賭金
王妃イザボー
最後の宴の客
暗い話、語り手はなおも暗くて
ヴェラ
ブロワ
煎じ薬
うちの年寄り
プルール氏の信仰
ロンジュモーの囚人たち
陳腐な思いつき
ある歯医者へのおそろしい罰
あんたの欲しいことはなんでも
最後に焼くもの
殉教者の女
白目になって
だれも完全ではない
カインのもっともすばらしい見つけもの
カゾット
悪魔の恋

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