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結婚のスゴ本

 今の amazon が逆立ちしても勝てないものがある。例えば「結婚」だ。

 試しに「結婚」で検索しよう。(あなたの予想通り)ハウツーやエッセイになる。タイトルや解説のどこかに「結婚」とある本だ。結婚「するため」の情報やトレンドを得るにはいいが、 amazon に「結婚」と打ち込む人は、もっと切実な問いを持っている。それはこれだ。

 「この結婚で、いいのか?」

 「わたしは結婚できるのか?」「結婚しないとどうなるのか?」でもいい。結局のところ、結婚したほうがいいのか、そうでないのか。今の結婚を続けるほうがいいのか、やめたほうがいいのか―――もちろん質問者の性別、年齢、立場、健康状態、将来展望、家族、地縁、相方への感情、そして自分自身の気持ちにより、人それぞれ。だから、 amazonは、こうした質問に沿ったリストを出せない。

 もちろん、そんな気持ちに寄り添うことで印税を稼ぐ本もある。あるいは、amazon が履歴からプロファイルして、そうしたサプリ本をお勧めしてもいい。だが、サプリ的な共通解が合う場合なんて、ほとんどない。文化と時代と国境を越えた、普遍的な制度なのに、取り組むのは、自分以外にありえない。そのために考える手立てだとか、メリット・デメリットの具体的な影響を学びたい。

 そんなとき、先例と想像が役立つ。いわば、過去事例とシミュレーション。ある人生に伴侶が与えた影響だとか、幸せな/そうでない結婚物語を自分になぞらえてみる。冒頭の問いに直接答えてはいないが、自分の身で考える上で役立つ本。「結婚」のケの字も入っていないため、検索で探し当てることはできない。

 これは、誰かに教えてもらうしかない。質問者の状況や感情に応じて、自分の経験と学びを本に託すんだ。自身の結婚の経験を語ってもらうのではない。誰でもしゃべり上手というわけではなし。本をダシに、結婚の価値観を伝えるんだ。重軽は受け手のほうで判断すればいい。本を探すのではなく、人を探すことで、「その一冊」に近づける。

 結婚を、二つの面から見てみよう。「結婚はすばらしい」というポジティブ面と、「結婚は人生の墓場」というダークサイドだ。これは、どちらも正しい。バーナード・ショーの暗黒格言がもてはやされるのは、そっちの方が面白いからであって、必ずしも真実だからというわけではない。“真実の一つ”なのだ。

 まずポジティブ面から。結婚が人生に与える良い影響、結婚して良かったこと、結婚という「ゴール」があったから生きのびられたこと。「今度の戦争が終わったら、あの娘と結婚するんだ」が死亡フラグたりうるのは、現況を(幸せなほうへ)突破するブレークスルーだから。

 小池昌代が編んだ『おめでとう』をオススメしたい。結婚に限らず、卒業、入学、出産、成長、そして別れをテーマに選ばれた詩集だ。読み手を祝福し、寿ぐ花束のような作品ばかり。結婚はバリエーションがあり、辻征夫『婚約』の幸せいっぱい胸いっぱいがある一方、高橋順子『あなたなんかと』のような狂気を孕んだ幸福も読める。定番の吉野弘『祝婚歌』は、何度読んでも新鮮な気づきがある。ここには、人生を二人で生き抜いていくコツが、いくつも畳みかけるように記されている。

  正しいことを言うときは

  少しひかえめにするほうがいい

  正しいことを言うときは

  相手を傷つけやすいものだと

  気付いているほうがいい

 ポジティブ面なら、トルストイ『アンナ・カレーニナ』を推したい。人生を滅ぼした女の悲劇なのに、結婚のプラスになるのか?そのプロセスは「アンナ・カレーニナ」読むと結婚が捗るぞに書いたが、ここでは裏面をご紹介。これは、アンナと交錯するもう一人の主人公、リヨーヴィンの物語が隠されている。一人の男が、どうやって「最高の結婚」まで至るか、その内面を精密に描くとエンタメになる。

 彼のプライドが七転八倒する様は、わたし自身のパロディを見ているようで、愉しくも身に詰まされる。男は、100年前から変わっておらず、100年後も変わらないだろうと思わされる。幸不幸に限らず、先達ならではの知恵(地雷?)が盛りだくさん。オスカー・ワイルドの箴言「女とは愛すべき存在であって、理解するためにあるものではない」を傍らに読みたい。

 次はネガティブ面から。結婚が引き起こした破滅。誤ったのは「結婚相手」なのか「結婚」そのものなのかは別として、結婚して悪かったこと。結婚を「ゴール」に喩えるのは間違いだ。「私にはスタートだったの、あなたにはゴールでも」は、結婚観の相違をズバリ言い当てた箴言といえよう。

 フィッシャー『愛はなぜ終わるのか』を読むと、ネガティブ面というよりも、結婚制度は最初から破綻していることが分かる。人の恋愛行動を、生物学、進化論、神経科学から斬り込んだ“愛の解剖学”だ。これを読むと、結婚は「死が二人を分かつまで」ではなく、四年間しか続かないのが“普通”であることが分かる。人は、四年で“飽きる”のだ。

 ただし、その反面教師もある。「愛がどのように終わるのか」の一般解を導き出そうとしているのが本書なら、反対に「愛の終わりをどうすれば避けられるのか」とも読める。熱狂的な恋愛感情が、アンフェタミンの一過性の作用なら、好きだと思ったときに結婚しないと、「なんでこの人を好きになったんだろう?」と醒めてしまう。結婚後の肝は「変化」、互いに影響を与え合うことで、変化していくのが夫婦。うろ覚えだが、tumblrで拾った至言を胸に読みたい。

 女は、男が自分のために変わってくれると思って結婚する。
 男は、女がいつまでも変わらないと思って結婚する。
 どちらも間違っていたとあとで気づき失望する。

 ネガティブ二つ目は、新井英樹『愛しのアイリーン』、結婚の毒本だ。結婚に純粋さを求める四十路男が、フィリピンの嫁を“買う”ことから始まるエロスとバイオレンス。「結婚とは即ち、金銭と欲望の交換である」主張がこれでもかと濃密に描かれており、一気に読むと中毒になるぞ。ずっと結ばれない二人が、ある出来事をきっかけに一線を(一戦を?)越えてしまうのだが、そこから先はフルスロットルで坂道を墜ちるように転がってゆく。アドレナリン全開で読むべし。

 田舎の閉塞感をブチ破る爽快さと、背を焼くような焦燥感と、欲望と金銭の果てのない背徳感を、抉るように貪るように描いている。露悪感がカタルシスにつながる、めずらしい読書となる(新井作品は常にそうなのだが)。結婚とは破滅だが、どこに救いを見いだすかは、読み手の自由だし責任でもある。

 いくらでもどこまでも出てきそうなので、紹介はここまで。続きはスゴ本オフで語り合おう。テーマは「結婚」、結婚を肯定的に、ポジティブに捉えている本と、結婚の暗黒面を強調している本とに色分けをする。これは、自分の結婚観と一致していなくても可。失敗した結婚を読んで、その轍を避けた場合なんてそうやね。「本ではこう主張しているが、自分は違うと思った。だからこそ反面教師となった」という紹介になるだろう。ポジティブ、ネガティブの片方だけでもOKだし、両方プレゼンしてもOK。

 だって矛盾しているもの。人という移ろい易い存在に一貫性を求めることが間違っている。一方で、柔軟なのも人の性。男と女という、まるで異なる存在が、それでも添えてしまうのは、日常の奇蹟としかいいようがない。

 スゴ本オフ「結婚」
 日時 5/25 11:00~18:00
 場所 渋谷
 申込 facebook「スゴ本オフ」からどうぞ

 結婚をポジティブに捉えた本か、ネガティブに捉えた本を持ってきて、結婚について語ります。未婚の方は地雷避け(または避雷針)に、既婚の方は新たな発見(または結婚あるある)のひとときを、どうぞ。

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