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なつかしい未来『月は無慈悲な夜の女王』

月は無慈悲な夜の女王 とうとう読んでしまった、SFの最高傑作として名高い『月は無慈悲な夜の女王』。大事にとっといた一品を食べてしまった、充実感と喪失感で胸一杯なところ。

 地球からの搾取に苦しむ月世界人が、地球を相手に独立宣言をするストーリーラインに、テクノロジー、ハードサイエンス、ヒューマンドラマから、政治・経済・文化をてんこ盛りにしてくれる。

 不思議なことに、未読のはずなのに既読感が激しい。どこを切っても「なつかしい」が出てくるのだ。

 たとえば、“自我”を持つコンピュータ。自ら学び、自己生成プログラムを走らせる。人とコミュニケートし、自分を守るためにプロテクトをかけるあたり、『2001年宇宙の旅』のHAL9000や『わたしは真悟』を思い出す。そのコンピュータがきっかけで、普通の主人公が革命に関わってゆく様は、典型的な巻き込まれ型+召喚ヒーローもの。『マックス・ヘッドルーム』や『ジョウント』(スティーヴン・キングね)、ATMみたいな電子投票システム、永久機関や社会保障の話題のオチに出てくる"There ain't no such thing as a free lunch(無料のランチなどない)"、等価交換の法則、googleブックス、独立戦争や旧約聖書まで、教養とTIPSとジョークのごった煮状態となっている。

 でも、デジャヴじゃないんだ、これが本家なんだ。その仲間や子孫、オマージュやパロディを通じて、この作品と既に出会っているんだ。40年以上も前に書かれた未来の物語なのに、驚くほど今の話になっている。極めつけ政治ネタ、「自由」とやらを手に入れた権力者が最初にしたがるのは、税金や禁令になる。

おれが気に入らないのは、常にそういう禁止に賛成するやつがいるということだ。きっと。他の連中が喜んでしたがることをとがめたがるのは、人間の心の中に驚くほど深く喰いこんでいるってことなのだろう。規則、法律───常に他人に対するものなのだ。
 月へ出ようが宇宙へ行こうが、人の愚かしさは変わらない。「政治とは人類が逃れることのできない病気なのかも」という愚痴は、SFの名を借りた寸鉄になる(わたしなら「政治」を「税金」にするね)。月世界人に対する「空気税」という概念は斬新だと思ったが、18世紀フランスにもう考えられてたのには笑った。人類は、これっぽっちも変わっていない。

 未来なのに懐かしい、昔のなのに新しいSF。

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