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人生を台なしにされる『毒になる親』

毒になる親 親とは呪いだ。

 遺伝情報のみならず、思考や習慣、振る舞いや癖といった名前の「わたし」を渡しているから。プラスもあるが、ネガティブな奴もある。「わが子の不幸を望む親はいない」はキレイゴト。自覚の有無にかかわらず、歪んだ自分をダイレクトにうつされる。この場合、「伝染(うつ)される」が正しい。本書は、この負の連鎖に苦しむ人と、それを断ち切る処方が書いてある。正直、読むのが苦しかった(子どもである過去の自分と、親である今の自分を試されるようで)。

 自分に価値を見出すことができない人がいる。どんなに努力しても不十分であるという切迫感、罪悪感、フラストレーション、自己破壊的な衝動、そして日常的な怒りに駆られる人がいる。自分の人生ではなく、誰か他人の、親の望んだ「わたし」を強いられた結果だという。

 ところが、自分の身に起きている問題や悩みと「親」との因果関係に気づいている人はほとんどいないらしい。著者はこれを「心理的な盲点」と呼び、自分の人生を左右している問題の最も大きな要因が親であると考えることに抵抗を感じるという。「自分の問題は自分の責任だ」と抱え込んでしまうのだ。そうして心を病み、相談を求めるようになる(著者は精神科医)。

 著者は断言する。

「自分の問題を他人のせいにしてはならない」という主張はもちろん正しい。だが、それをそのまま幼い子どもに当てはめることはできない。自分を守るすべを知らない子どもだった時に大人からされたことに対して、あなたに責任はないのである。

 幼い子に対して親がしたことに関する限り、すべての責任は親が負わなければならない。社会のせいにしたり、子どもの友人関係に押しつけたりすることは可能だし、そういう親は沢山いる。だが、わたしがそうなりうるかを考えると、違うと言える(言いたい)。「子どもがおかしい」と言われるが、本来タブラ・ラサの存在がおかしくなるのは、成長の過程にある。そこに最も大きく、いちばん強く関わっているのは家であり、親である。

 本書では、かなり厳しい「親の呪い」が紹介されている。虐待やネグレクト、言葉の暴力など、ネガティブな行動を執拗に継続し、子どもの人生を支配する親がいる(例外は性的虐待で、一回でも最悪のダメージを及ぼす)。そんな、子どもにとって害をなす親を、著者は「毒になる親(Toxic Parents)」と定義している。

 子どもを「しつけ」るために、暴力を正当化する親。支配欲を満足させるために、わが子で性欲を満足させる親。「お母さんが病気で死んだのはお前のせいだ」と追いつめる親。「可哀想な親」を(無自覚に)演じることで、子どもに罪悪感を植え付け、コントロールする親。共通文句は「あなたのためだから」。

 もちろん、親も人だ。だから完全な親なんて存在しない。誰でも欠点はあるし、アルコールや借金などの問題で頭を抱えていることもあるだろう。親の親が鞭を惜しまなかった例もある。

 しかし、だからといって子どもをスケープゴートにしていい理由にはならぬ。「お前の気持ちなんか重要ではないんだ、私は自分のことで頭がいっぱいなんだから」という強いメッセージを発し続け、子どもが「透明人間」になったように感じていいわけがない。「まともな一家」の仮面を守るために、性的虐待から目をそらし、はかり知れない苦しみとともに生きることを強いていいわけがない。

 著者は、そうした「毒になる親」との対決を迫る。親に植え付けられた罪悪感を捨てよ、と促す。自分の中でことあるごとに出てくるネガティブな思考は、本当に自分の考えなのか、あるいは親に刷り込まれた呪縛なのか、振り返れという。そして、怒りとともに吐き出す方法が紹介されている。手紙や直接会って、あるいは墓前にて、親のデトックスをするのだ。

 親の応酬もイメージトレーニングできる。事実の否定、問題のなすりつけ/すりかえ/ごまかし、妨害行動、(配偶者などとの)三角関係が紹介されている。対決により、親子関係が“変わってしまう”だろう。共依存に陥っている人は恐れるかもしれない。だが、それこそ望むもので、「親の感情から自由になる」ことが本書の目的なのだ。

 最もガツンと来るのが九章、「毒になる親」を許す必要はないという件だ。ひどい思いをさせられた人は「怒り」という感情を外に出す必要がある。子どものときに望んでいた愛情を親から与えられなかった人は「深い悲しみ」という感情をはき出す必要がある。自分にされたことを矮小化しないで、と釘を刺す。「許して忘れなさい」と言う人がいるが、それは「そんなことは何も起きなかったというフリをし続けなさい」と言っているのと同じ。

 怒りや悲しみは、「許す」ではなく「赦す」。自分の感情を殺して罪を許しても、事実を否定しているだけ(むしろ、そんな親こそ躍起になって事実を否定するだろう)。その怒りや悲しみを抱えていると、自分が滅ぼされてしまう。だから、その感情を「手放す」のだ。著者は「吐き出す」「爆発させる」ことを勧めるが、洗い流す、漱ぐという意味で「赦す」ことになるだろう。

 今の(親としての)自分が、どこまでできている/できていないかを問われているようで、厳しい読書だった。その一方で、昔の(子どもとしての)自分が、どこまで影響を引きずっているか問われているようで、悩ましい読書だった。さらに、そういうわたし自身の「毒」も感じながら、身のすくむような読書だった。

 誰にでもオススメできる本ではないが、どうしようもない問題や感情を抱えて苦しんでいる人には、大きなヒントとなる。

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コメント

いつも楽しく読ませてもらってます
ふと思ったのですが、少女漫画やドラマや携帯小説などはレビューされないのでしょうか
名作とされる作品はあまたありますが

投稿: とある女読者 | 2013.02.23 21:59

>>とある女読者さん

最近ではドラマや携帯小説は見ませんが、女性向け漫画なら『海街diary』シリーズや『羣青』(ぐんじょう)が琴線響きまくりでした。昨日のスゴ本オフでは、よしながふみ『愛すべき娘たち』を猛烈にプッシュしてきましたよ。女性向け作品は、キーボードで言葉にするのは難しいため、たっぷりしゃべってまいりました(精進します)。
いわゆる少女漫画だと、『カードキャプターさくら』と『しゅごキャラ!』を再読しているところです。

投稿: Dain | 2013.02.24 07:38

この本は未読ですが、実際、この本で言う吐き出しを数年かけてやって先月一区切りついたところなのでタイムリーな記事でした。
たしかに自分の気持ちをきちんと伝えるということでだいぶ気持ちも落ち着きました。

悩みどころとしては、自分が現実以上に相手を悪く思っているのではないか。ということです。自分の非を認めたくないがゆえに自己欺瞞によって相手がより悪く見えていたり、相手が悪い反応を返すように仕向けていないか。
そのへんを分析して行きたいとは思うのですが、親とのやり取りの記録を見返すのは気分も悪いものでなかなか進みません。

投稿: rin | 2013.02.24 14:16

>>rinさん

短い文章ですが、rinさんが人一倍、周りを観察し、気を配っていることが分かります。「もっとテキトーになれよ」とアドバイスしたいのですが、この云いもいい加減な助言です。
無理なさらないように……

投稿: Dain | 2013.02.24 20:38

レスありがとうございます。大変感謝です。
まさしく私に必要なのはいい加減さ、スルー能力だと思います。他人を気にして怯えすぎるし不安に思いすぎる。
親との因果は不明確ですが、何度も理不尽に怒鳴りつけられた事があるので無関係ではないと考えてます。
ただ本人に悪意がなく愛情があるつもりなのは確かで、良いと思うことをして、望みを要求し、不満に怒っているというだけ。
問題は、私の感情に興味が無いこと。考えを尋ねてこないし、自分の行動でどう思ったのかも気にしない。人形遊びのように想像の子供像で完結してしまっている。一方的な愛情で満足しようとし、反抗されると怒るか嘆く。
一般的な行動自体は常識的なので、第三者には問題ある子どもと不憫な親という構図で捉えられているようなのがやっかいなところです。

投稿: rin | 2013.02.27 12:34

>>rinさん

必殺の殺し文句「あなたのためを思って」ですね……さっき、うっかり『母がしんどい』(田房永子)を読み始めてしまい、この文句の恐怖に打ちのめされているところです。rinさんが読んだら、共感か恐怖か……オススメしたいような、やめとけと言いたいようなコミックです。

投稿: Dain | 2013.03.01 00:11

ご紹介ありがとうございます。「母がしんどい」はしばらくまえに購入候補に入れてました。しんどくないときにでも読んでみようと思いますw
書籍紹介をみる限りではこちらの本の親は過干渉タイプのようですね。私の親の場合は宗教への逃避がメインで基本は放置だったのですが、根っこの部分は同じかも。望みが非現実的で満たされないから相手に要求し続け、かえって望みから遠ざかる。

投稿: rin | 2013.03.02 18:10

>>rinさん

『母がしんどい』は、結局こういうエッセイコミックという形に出せたからよかったのかもしれません。ほとんどの人は、何も出せぬまま抱え込み、その重さに潰されてしまっているのかも……
そういう意味で、二重に暗澹とさせられます。

投稿: Dain | 2013.03.03 14:44

つい先程、親に貴方が私を呪うのをやめれば私は幸せになれるとメールを送って縁を切った所だったので、直後に「自分の不幸を願う親」とネット検索をかけてこちらに辿り着き、紹介文を読ませていただいて、世の中には私と共通の感情を抱いて生きてる人も割と沢山いるのかなと思いました。本を読んでみたいと思います。

投稿: 通りすがり | 2013.10.23 01:18

>>通りすがりさん

コメントありがとうございます。
本書と、コメント欄でも言及されている『母がしんどい』は、親の呪いから生還してきた人のレポートだと思って読むといいかもしれません。

投稿: Dain | 2013.10.24 23:19

毒親の呪縛から逃れるのって大変だね。
自分の母親が異常なんだと認められるようになったのもつい最近。

投稿: あ | 2015.02.07 12:16

>>あさん

その中で育てられたのだから、呪縛を呪縛と見ることができないのも当然でしょう。いったん離れて、外側から見ないと、そこが檻であることに気づけないように。
そのきっかけになる一冊だと思います。

投稿: Dain | 2015.02.08 07:25

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