『ウォーキング・デッド』はスゴ本
生きている人間こそ、最も恐ろしい。
奴らは食うだけで満足するが、人は愉しみまで求めるから。極限状況で人がどのように“変化”するか、分かる。奴らに噛まれたほうが幸せだ、という展開にならないように祈りながら読む。
作者は言う、「すべてのゾンビ映画の最悪の点は、エンディングにある。ぼくは、エンディングの後に何が起こるのか、常に知りたいと思っている」―――この、エンディングの後の物語が本書になる。
たいていのゾンビ映画は、ひとりの人生の断片を切り取り、監督が飽きるまで見せるだけ。だから登場人物に馴染み、彼らの冒険に付き合い、やっといい感じになりはじめた途端、クレジットが流れ出す―――これに反発したロバート・カークマンが描こうとしたのは、「その後」だ。奴らに囲まれた日常と、そこで起きる“変化”だ。
まず、外見に現れる。こざっぱりとした主人公が無精ひげになり、のび放題になる。警官だったはずが、無法者みたいになる。同時に、人としての感情や思いやりのある台詞が、削ぎ落とされ、とげとげしくなる。最初にあったはずの生き残りの仲間意識が、恐怖と緊張感で疑心暗鬼になり、血なまぐさい事件でバラバラになる。
“変化”は精神的な内面にも起きる。それは地中のマグマのように基盤をゆっくり確実に動かし、最悪のときに暴発をもたらす。絶え間ないプレッシャーに曝され、心が徐々に歪んでゆき、まともな頭では考えられない行動を取る。常軌を逸したどの行動も、奴らではなく、生きている人に向けられる。かなり過激なので、読むときはご注意を。
変化はゾンビにも起きる。屍体だから代謝は無い、従って組織は腐って崩れてゆく。最初は生き生きとした(?)奴らも、蛆虫に食われたり腐ったりして歩きにくくなる。じゃぁ奴らが腐乱するまで隠れていれば勝ちじゃね?と思うでしょ(わたしも、そう思った)。だが、嫌ぁな設定を持ってくるのよ、作者は。そしてこの設定の本意は、タイトル『The Walking Dead』にも込められているのよ。
以下、本作のテーマともいえる最重要な台詞を引用する。第2巻のクライマックスとも言える場面より。ピンと来た方は、ぜひとも手に取ってほしい。
生き残るためには
この世界に適応しなければならない。
おれの頭がいささか狂ってるってか?
そうかもな……世界の方も狂ってるんだから。
リーダーから外れて欲しいって?
けっこう。
かまわん。
プレッシャーがなくなってうれしいよ。
だけど、このことだけは言っておく。
安全のためには
なんでもする。
どんなことでも……おれはやる。
見え透いた言い訳はよせ……
自分をごまかすのはやめろ。
現状を見ろよ。
これがおれたちの生活だ。
一時しのぎの場じゃない。
救助を待ってるわけじゃないんだ!
これがすべてなんだ。
おれたちには
これしかないんだ。
状況を改善したければ
この場所を良くするしかない。
そのことを忘れるな。
やつらのひとりの頭に
銃弾をブチ込んだとき……
バケモノひとりの頭に
ハンマーを振り下ろした瞬間……
あるいは首をチョン切ったときから
昔のおれたちとは
ちがう存在になったんだ!
そういうことなんだよ。
あんたらみんな
自分の姿を
わかっていない。
おれたちは死者に取り囲まれている。
やつらの中で
生きていて……
諦めた途端に
やつらの仲間になる!
おれたちは前借りした時間を
生きている。おれたちが生きる一分は
やつらから盗んだ一分なんだ!
向こう側にいる
やつらを見ろ。おれたちが死ねば……
やつらの仲間になる。
金網のこちら側にいて
生きた屍(walking dead)から
身の安全を守ってると思っているんだろ!
まだわからないのか?
おれたちが生きた屍(walking dead)なんだよ!
脅威はゾンビではなく、あくまで人間なのだ。これまでの法や倫理が通用しなくなった世界で、人はどこまで人でいられるのか。裏返された世界における人は、あまりにも人っぽくなく、むしろそこを取り囲んでいる奴らのほうが、馴染み深い。
ゾンビ映画を観るとき、いつもするように、極限状況に自分を置く読み方もいい。自分を追い詰めるのは難しいが、追い詰められた「誰か」に投影することができる。家族、友人、隣人はどんな行動をとり、どんな運命に辿り着くのか、想像するだに恐ろしい(そして楽しい)。わたしは誰になりうるだろう?たぶん1巻で生き残れない組、しかも主人公に撃ち殺される友人になるだろう。そしてわたしも奴らの仲間になるのだ。ゾンビそのものよりも、その恐怖に押しつぶされて自分がおかしくなる方が、より怖いのだ。
米国で驚異的な視聴率を叩きだしたドラマの原作なのだが、俄然ドラマの方も観たくなる。映画から飛び出し、ドラマ、ラノベ、コミックまで、カルチャー全体に波及するアイコンになろうとしているゾンビ───その全体像に迫るユリイカ2月号と併せて読むと愉しい。
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