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いま読んでいる本をやめてでも読むべき「日本の歴史をよみなおす」

日本の歴史をよみなおす 「つくられた」歴史認識に一撃を与える一冊。

 「女の地位は低い」や「日本は農本社会」は、つくられたイメージだと主張し、その傍証を挙げてゆく。多数派の歴史認識がくり返されることで強化され、常識化してゆく過程はE.サイード「オリエンタリズム」を思い出す。だが、著者が主張する反証・反例が少なすぎる。そんな一点でもって全面展開するのが“歴史学”なの?

 「全ての日本人が読むに値する」という惹句に誘われて読む。本の目利きも絶賛してるから安心かと最初は思った。POPには、「いま読んでいる本をやめてでも読むべき」とあり、相当自信があるらしい。新しい知見が得られるというよりも、もともと薄々感じてたことを補強してもらえる。いわば、「つながる」読書になった。

 たとえば、「女」に対する固定観念を揺さぶる。女性が公的な世界から排除され、抑圧されつづけていたというのは、「これまでの常識」にすぎないという。銭を持たず身一つで自由に旅をする女や、(ただ一例だが)女庄屋の事例を持ってきて、男中心の封建社会という「建前」をぐらつかせる。また、ルイス・フロイス「日欧文化比較」より、女の「性」に対するハードルが低かったことを指摘したり、宮本常一「忘れられた日本人」から祭りのときはフリーセックスが行われていたという習俗を紹介する。

 あるいは、農本社会は「つくられた」イメージだという。「農家」として扱われながら、実質は回船や漁業で栄えた事例を示したり、商工業者や芸能民が賤視される過程を説明することで、このイメージの再考を迫る。さらに、「百姓≠農民」を証明し、数多くの非農業民を含んで「農民」が成り立っているのだと主張する。日本の歴史学が、農本主義に染め上げられているというのだ。

 言わんとしてることは分かるし、証拠として挙げている、著者が『発見した』文書を疑うつもりもない。だが、全国に一つしかない例や、ただ一人のポルトガル宣教師の手記をもって全てに援用するのは難しい。「無かった」と主張するつもりはないが、多様なありようのうちの一例なのでは。 また、米作を主とし、土地を石高で測る制度が一般化したのは、「米=兵糧」だったからだということは、わざわざ指摘するまでもない。

 仮に農本主義に異を唱えるのなら、反証一つでは不十分。例えば、ある地域経済において石高で測ろうとした経済と、実体経済の乖離を算出する。つまり、その地域全体の経済のうち、石高が占める割合を推算したり、税収のうち租庸調の配分を洗い出し、地域図を作成するアプローチが役立つ。

 さらに、農業、林業、水産業、工芸品、製鉄だけでなく、運輸、観光、教育、宗教、闇事業も含めた包括的な生産性を概算し、そこで農業がどう位置づけられているかを見る必要があるだろう。もちろん地域性はあるが、おおむね農業が主である地域が多かったのでは―――と推察する。

 著者の視点が面白ければ面白いほど、ツッコミたくなる。「学会の固定観念」「世間の常識」を自分で設定しては壊す、スクラップビルドのレトリックが目につく。黒澤明や司馬遼太郎の作品で「さもありなん」と感じていた、ダイナミックでエロティックな日本人を想起させてくれる分、論理の粗が目立つ。平易に、面白く読めるのに、もったいない。

 「いま読んでいる本をやめてでも読むべき」という宣伝に偽りはないが、読んだら一言いいたくなる。そういう知的挑発に満ち溢れた一冊。

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コメント

「銭を持たず身一つで自由に旅をする女」って、こんなの“自由”といえるの!?!?
というのが当時、少年だった僕の感想でした。
そういや、「援助交際」なんて言葉、たぶん未だ無かったはず。

網野善彦の「自由」や「開放」のイメージって、その影響下で描かれたマンガ『花の慶次』の、あのカブキ者のそれですよねえ。
ああいう自由が広く肯定されたのも、やはり日本社会全体が景気が良かったせいとしか、今となっては思えません。

「無縁」という言葉も、網野史学ブームの頃は肯定的な響きを帯びていたのに、今は「無縁社会」が問題視されるようになったのですから、時代の変遷を思わずにはいられませんね(僕も白髪が生えるわけです)。

投稿: SFファン | 2012.10.17 16:07

↑ 追記
「当時」というのは、網野史学ブームで隆慶一郎が登場してすぐ亡くなってバブルで僕が未だ少年だった昭和末期から平成初めの頃です。

「半村良が洞察して小説に書いたことを学問的に実証しようとしてる人」というのが当時の母の評価でした。
SF雑誌でも紹介されていた記憶がありますよ。

投稿: SFファン | 2012.10.17 16:12

>>SFファンさん

「半村良が洞察して小説に書いたことを学問的に実証しようとしてる人」

↑これはすげぇ分かりやすい喩えです、力一杯腑に落ちました!

網野史観と呼ぶ人もいるようですが、も少し体系的でロジカルなアプローチで攻めているといいなぁ…と思います(歴史というより物語に近いイメージです)

投稿: Dain | 2012.10.17 22:54

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