女は尻だ、異論は認めん。「HIPS 球体抄」
おっぱい山頂の征服欲は分かるが、あれはお尻の代替品。山頂を踏破したら清水で潤すべく、谷へ降りて蟻の門渡りを目指せ。男子たるもの、おっぱい星人であるとともにオシリスキーにもなれる。お尻を賛美することは、おっぱいを否定することにならない(逆もまた然り)。
お尻の素晴らしさについては、室生犀星が力強い。「蜜のあわれ」に曰く、人でも金魚でも果物でも、円いところが一等美しいという。そして、人でいちばん美しいのは、お尻なのだと断言する。お尻に夕映えがあたって、だんだん消え行く様は、世界でいちばん穏やかで不滅の景色なんだって。
全くお尻のうえには、いつだって生き物は一匹もいないし、草一本だって生えていない穏やかさだからね、僕の友達がね、あのお尻の上で首を縊りたいというやつがいたが、全く死場所ではああいういつるつるてんの、ゴクラクみたいな処はないね。
つるんとしたお尻に顔を乗っけてまったりすることは、人生の至福だ。この満ち足りた気分のまま、お尻のあいだに埋め殺して欲しい。この上なく安らかな死顔になることだろう(別の殺され方になるため、嫁さんには提案していない)。さらなる散策を求める方に、「お尻を理解するための四冊」をオススメしよう(紳士限定ですぞ為念)。お尻を理解することは、自分を理解すること。探究に励んで欲しい。
そんな美尻礼賛家のためのバイブルが出た。やわらかな午後の日差しで、伴田良輔が撮った、極上の果実たち。暗がりに沈めた白磁が丸みと白みをもたらし、うっすら霞がかった産毛がエキゾチックな匂いを放つ。光と、お尻と、わたしだけの世界に遊ぶ。
よく観察すると、完璧と思われる曲線美に、尾てい骨のふくらみや、ほくろ・ニキビ跡がアクセントを添えている。鳥肌のみずみずしい質感がおいしそうだ。その柔らかさを証明するかのように、パンスト、ジーンズが響いた跡は、そこはかとないエロスを醸しだす。
しかし、撮り手はそうした性的な色合いを外し、刺激的な写真にしないように気を使ったという。わかる、わかるぞ。エロ意図がちょっとでも入った瞬間、これはただのエロ写真集になるから。そうではなく、お尻そのものの完全性・美しさを見て欲しいんだね。
確かにその通りなのだが、モノとしての尻感が前面に出すぎたため、「このお尻は、もっとキレイなはずだ」「このお尻は、もっと触りたいお尻になるのに」という衝動がこみあげてくる。眺めるだけでなく、触れたり舐めたり、顔を埋めたくなるお尻こそが偉大なのに。
同時に、お尻としての完璧さを出すあまり、不自然になっている―――そう、察しの良い紳士諸君なら分かるだろうが―――具がないのだ。普通に裸のお尻を見ると、白亜と伴に、岩海苔や貝といった具が入ってくる。しかし、デジタル編集により、ひじきを淡くしたり、貝柱を暗く処理してしまっている。意図は痛いほど分かるが、オシリストへの道は険しいぞ。
女は素で美しい、一切の加工を拒絶した、かつての"YELLOWS"のように、「そのまま」を味わいたい。お尻は、神々しく、かつ、生々しいもの。この白桃は、割ると生臭いのだから。
とはいえ、眺めるだけで、仕事の疲れも、将来の不安も消えてゆく。多幸感が潮の如く満ちてくる。世の中に、こんなに綺麗で愛でたい場所があると思うだけで、ウキウキする。明日もがんばろう、不況がなんだ、ニッポンは俺が元気にしてやる! という気になってくる。おっぱい星人向けの姉妹編「BREASTS 乳房抄」と併せると、高揚感で宙に浮けそうだ。
同時にここは、わたしの還る場所なんだという思いに惹かれる。鮭が生まれた河を俎上するように、わたしは尻を目指す。「釈迦も達磨もひょいひょいと産む」世界の入り口でもあると同時に出口にもなっているワンダーランド、そこが、お尻なのだ。
大事なことだから、何度も言うよ、残さず言うよ、女は尻が肝心だ。「HIPS 球体抄」、すべてのオシリーナ愛好家のために。尻爛漫を、ご賞味あれ。

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