「悪意の情報」を見破る方法
ニセ科学、デタラメ統計に振り回されないための入門書。
「嘘は三種類ある。嘘、真っ赤な嘘、そして統計だ」という冗句があるが、これをもじったタイトルが秀逸だ"Lies, Damned Lies, and Science"。これは、嘘つきサイエンスの告発本でもある。
科学や技術について考えるのに役立つ視点を提供するとともに、問題の本質をはっきり鮮明にとらえることを目的としている。「本書は世界を見るための新しいレンズなのだ」と勇ましく言い切る。たしかに同意するが、ネットに出回るデマ学説や詭弁に慣れ親しんだ人には喰い足りないかも。
「マイナスイオン」や「コラーゲン」の胡散臭さを、そのメカニズムから説明し、遺伝子組換食品を「フランケンフード」と呼ぶ底意地を指摘する。「地球温暖化」や「ダイオキシン」といった、評価が『多様化』した事例を解説する姿勢が良い。単純に白黒つけられないものには、「ここまでは分かっている」とソース付きで説明するのだ。
著者の姿勢は、「悪意の情報」を流す人々へのカウンターだ。技術、環境、経済、健康など多様な側面があるにもかかわらず、そのごく一部だけを見せるような選択を施す人がいる。ものごとを白か黒かに単純に色分けしてしまう見方を広める人がいる。
中でもマスメディアが特に顕著だ、利害関係者である立場を隠しながら、「より演出した報道をする」から「報道しない」まで好き勝手に選んでいる。著者は、「全ての情報が届いているわけではない」と釘を刺す。
「科学者」という肩書きを悪用する人もいる。査読のプロセスを経ずに、いきなりメディアに売り込もうとするのは、ほぼクロだそうな。信頼できるデータにもとづく興味深い発見であるならば、主要な科学誌に載らないはずがないから。さらに、そこにはデータの取得手順が詳細に記されており、別チームによる追試が可能となっているはずだから。だから、いきなり重大発表から始める科学者には、眉に唾をたっぷりつけてから向かわないと。
例えば、ポンスとフライシュマンの常温核融合や、ファン・ウ・ソクのES細胞騒動は、今となっては苦笑話だ。だが、発表当初にメディアがどう反応したか、自分はどう判断したかを刻んでおかないと、同じ轍を踏むだろう。
情報が歪曲されて世間に広まっている例として、アトキンス・ダイエット(低炭水化物ダイエット)を挙げている。アブフレックスと同じ深夜帯にやっているCMだから推して知るべしだろうと思ってたが、著者は違う。調べた上で、指摘する。
つまりこうだ。肉はたくさん食べてよいが、それ以外を減らすダイエットだと信じる人が多いが、それは正確ではない。このダイエット法は、一般に考えられているより複雑で、食品のグリセミック指数(その食品がどのくらい血糖値を上げるのかを示す指標)を考慮して、口にするものを取捨選択するものだ。だから、多くの人が認識しているほどシンプルなプロセスではない―――なるほど、情報は「伝言ゲーム」で捻じ曲げられるんだね。
立場によって、科学の情報にもバイアスがかかることを如実に示す例として「DHMO」が出てきたのには笑った。地球環境に広く存在する無色無臭の化学物質の危険性を訴える「DHMOに反対しよう」は、あまりにも有名だ(このブログを読む方なら危険性をご承知のはずだろうが為念)。フードファディズム「パンは危険食品」と合わせ、このテの意識の乖離を測るのに、最強のネタだね。DHMOは、次の「新型危機」を見きわめる予防薬となるだろう。
罠として使われる「平均値」(≠最頻値)のカラクリから、過度の一般化、プラシーボ効果、選択バイアス、確証バイアス、アンカリンクなど、科学を悪用する詐欺師のネタバラシを次々と開陳してくれる。これらは、「全部知ってた」か「全然知らん」の二択になりそうだから怖い。わたしがハマりがちなのは確証バイアス、「わたしが聞きたがっている」主張を信じようとする傾向があるので気をつけないと。
本書の末尾に、知恵20か条というまとめがある。どれも常識的なものだ。これ読んで「あたりまえじゃん」という方は、本書を読まなくてもいい。だけど、その「あたりまえ」ができているかどうか心配なら、手にとって欲しい。新たな知見に出会えるかもしれない。以下に引用する(太字はわたしへの戒め、わたしがよく陥る穴だから)。
- まとも批判と単なるバッシングには明確な違いがある
- 意見が対立している、あるいは、科学的合意がなされている、といった主張はいずれも鵜呑みにしない
- 科学が自分の真価を認めようとしないという自称「革命家」には要注意
- バイアスはどこにでもある
- 一次情報に立ち戻って、利害関係者たちがそれぞれどのような見方をしているか調べる
- 2つの選択肢のいずれかを選ぶしかないように見えても、ホントはそうでないことが多い(単純化の罠)
- リスクとメリットが示されていても、それで全てとは限らない
- イノベーションの応用例の一つ一つに、それぞれ独自のリスクとメリットがある
- 大きな視野に立つと、選択肢を客観的に評価できる(過去、地域など、適切な比較対象をもて)
- 当初案の欠点を指摘しただけで、代案が最善だという証明にはならない
- 交絡因子は、原因を見きわめるのを難しくする(相関関係は因果関係ではない)
- 盲検化試験は、バイアスの影響を排除するのに有用
- 複数のタイプのデータを組み合わせると、因果関係を立証しやすくなる
- ある状況下で得られた研究結果は、他の状況に当てはまらないことが多い
- データの収集方法によって、統計数字が歪められることがある
- 統計数字を額面どおりに受け取るなかれ
- 研究結果が真っ二つに分かれている場合、真実はたいてい中間のどこかにある
- 費用便益分析は、もっとも体系的な意識決定方法である
- 自分の思考プロセスの弱点を熟知していれば、あなたを操作しようとする相手の策略にはまらずにすむ
- 1つの問題を掘り下げていくと、いくつもの理解レベルが、層をなしているのが明らかになる
これ読んでて、わたしも冗句を思いついたぞ。「数字は嘘をつかない、嘘つきが数字を使うのだ」という有名なやつを改変して、これなんてどう。
「科学は嘘をつかない、嘘つきが科学を使う」

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コメント
>「科学は嘘をつかない、嘘つきが科学を使う」
わかりやすいですね。一発で伝わります。
こういう風にギュッと詰まった言葉って考えるの大変ですよねー。
私がやるといつも誤解を招きます。
だからって全部話すと「長いよ」って言われてしまいます(笑)
>「DHMOに反対しよう」
初めて見た時は死ぬかと思うくらい笑いましたね。
でも、こういう類の宣伝って意外と存在していますよね。
本当に、気をつけなければいけないなぁと改めて思いました。
投稿: ハマの三文芝居 | 2012.09.07 01:51
初めて買ってみようという気になりました。
投稿: tk | 2012.09.07 07:09
>>ハマの三文芝居さん
ありがとうございます、短ければ短いほど、考えるのが大変です(なので既存の改変がちになります)。DHMOは、未来のDHMOの予習として心に刻んでおくつもりです。さもないと、未来の「環境ホルモン」にサクっと騙されるかも。
>>tkさん
ありがとうございます。良書なのですが、ネットに慣れている人だと一度は騙されたネタが豊富なので、ちとモノ足りないかもしれません。
投稿: Dain | 2012.09.07 22:33