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劇薬毒書「愛犬家連続殺人」

 6000円する角川文庫がある。猟奇的殺人を描いたノンフィクションだが、絶版となりプレミア価格がついてしまったのだ。

愛犬家連続殺人 それは「愛犬家連続殺人」。凄惨な事件を"共犯者の一人称"という斜めの位置から直視させる手法はユニークかつ鬼気迫る。死体解体のシーンでは、読み手は酸っぱいものを何度も飲み込むハメになるだろう。

 極めて残忍で異常性の高い事件であるにもかかわらず、地下鉄サリン事件や阪神淡路大震災と同時期だったため、その影に隠れるような印象を持っていた―――が、あらためて読むと、初めてこの報道に接したときから、「わたしの常識」が粉微塵に破壊されていたことを思い知らされる。

 そう、「人の死体を処分するのは不可能」というのは、わたしの思い込みにすぎない。適切な道具があれば、人一人の身体は、サイコロステーキのごとく細かくカットできるし、骨や内臓もきっちり分けて、跡が残らないように"処分"することは可能だ。実行者が、「透明にする」というその手順を、伝聞という形で断片的に記している。

 これを読む限り、死体を"透明にする"障害となっているのは、物理的云々というよりも、その刃を握る人の心にあることが分かる。超えてしまえば、なんということはない。恐怖感や嫌悪感は、くり返しにより慣れることができる。最初の解体に衝撃を受けていた共犯者も、場数を踏むごとに馴染むようになる。

 最も恐ろしいのは、彼の肩越しで眺めている読み手も一緒になって、場数を踏めるようになっているところ。実録なのに、ホラーといってもいいだろう。自らの手を汚さずに、血まみれの手を想起できる。冷静な狂気にシンクロできる。馴れはじめた残虐性を自分の中に見つけたとき、読まなければ知らずに済んだ世界なのに―――と、後悔するかもしれない。

 永年の疑問が氷解する一文を見つける。やっぱりそうかと思うと同時に、超える・超えないは別として、かなり近いところにその「一線」があることを知る。

戦争中に、飢えをしのぐために人肉を食った日本兵たちがいただろう。あいつら、人肉は不味かったなんて言ってるらしいが、どいつもこいつも嘘をついているだけだ。そりゃそうだろう。旨かったなんて言ったら問題になるもんな。

実際には人間の肉くらい旨い肉は他にないんだよ。特に人肉でダシを取ったラーメンが旨いんだ。

考えてもみろ。この世の中で人間ほど贅沢な物を食っている動物は他にいない。地上で最高の肉を食っているのも人間だ。その肉がどうして不味いんだ。不味いわけがないだろう。それは食わず嫌いっていうもんだ。

消された一家 読書は毒書、わたしは激しく反応したが、自分の正気(狂気?)を試すのに、ちょうどいい。北九州・連続監禁殺人事件を扱った「消された一家」(豊田正義、新潮文庫)[レビュー]レベルの衝撃だといえば分かるだろうか。

 身体が拒絶する毒書を、無理やり読み下す。劇薬好きにオススメ。

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