人生を思い出す「あさきゆめみし」
「女と男」をテーマにするならコレ。そして、読まずに死ねないのもコレ。
っとばかりに、積読山から発掘してくる。"源氏"は受験勉強で断片しか読んでないのと、どこかの引用エピソードでしか知らなかった。だからコミックとはいえ「通し」で読むのはこれが初。
幾重にも深読みできることは知っていたが、百聞一読、本作へのわたしの勝手なイメージが潰えるのが小気味いい。プレイボーイの女漁り、きらびやかな殿上話、マザコン、ロリコンのみならず、ツンデレ、ヤンデレ、萌え成分満載の、枯れた、不倫の、裏切りの遍歴譚───という思い込みは、全て正しく全て誤り。
一言で語るなら、これは子どもには勿体ない(ましてや受験生の年頃なら絶対ワカラン悔恨譚)。エエトシこいたおっさん・おばさんが読んで、もう絶対に手に入らない、若かりし暴れん坊の自分の心を懐かしむ話なんだ。
もちろん、ドラマティックな盛りはある。生霊となり死霊となって憑き殺そうとする女の「想い」はすさまじく、並のホラーの何倍も恐ろしい場面もある。ずっと片想いを貫き通そうとしたら念願かなって、コミカルな恋のさや当てに広がる展開もある。愛とは人を、鬼にも邪にも変えてしまう空恐ろしさを自らにあてはめることもできる。
だが、源氏物語の本質(というかメッセージ)はこれに尽きる。全ての栄華を極め、あらゆる富と名声を手中にし、世界を運営するがごとき存在になって、これに気づく。自らの半生を総括した魂のセリフだ。
なぜ…
…なのだろう…
…なぜ…
わたしという人間は
しあわせになれなかったのか
しあわせになれるはずの人生であったものを
なぜ自らそれをこわすようなことをしてきたのか
なぜ
たったひとりの
最愛の人さえ…
幸福なまま逝かせることが
できなかったのか…
…わたしという人間は…
まるで人というものの愚かしさ…
悟りの地にいたることのむずかしさを…
御仏がわたしをとおして
世の人に教えているようではないか…
死ぬまでに複数回、これを聞くだろうが、次は"幸せな奴"を探しながら読むことにしよう。
初回で気になったのは、この光源氏、島耕作並みに仕事をしない。大臣やら大将やら、要職を務める重鎮ならば、も少し政務を仕切るシーンがあると思いきや、ものの見事に仕事をしていない。「仕事で忙しい」は会えない言訳の枕詞として扱われる始末。それでも面白いように出世していく。
下世話な言い方するならば、「女の尻を追いかけている」うちに出世の途へ乗っかっている。そして、後から振り返ってみると、あっちこっち手を出して関係を築いたのは、最終的に自らの地位を確立するネットワークを編み出すプロジェクトを遂行していたかのよう。つまり、回り道に見えても伏線だったり、いったん表舞台から去ったのは、もっと大きな厄をやりすごすための見えざる「しかけ」に沿った台本のようなのだ。まるで物語のようによくできている(って文字通り"もの語り"なのだが)。
さすが1000年間のベストセラー、現在にいたる様々な作品と照応した読みができる。わたしの偏見も入ってた「ロリコン」の観点から振り返ると、両方を深く掘れる。両作品に共通する、覗き見たょぅι"ょを誘拐して養女にして、幼女のまま手籠めにするなんてなんといううらやま盗ッ人猛々しいことか。だが、同じロリコンでも、本家本元のナボコフのとは真逆の価値観に立てて、非常に面白い。
なぜなら、幼女誘拐→養女育成→手籠め蹂躙のプロセスは同一ながら、紫の上は少女から大人へ成長していくことが求められ、ドロレスは永遠の美少女・ニンフェットのままであることを強いられる。
つまり、「去年より今年はまさり、昨日より今日はめづらしく、常に目慣れぬさま」の人として賞賛される中年女性と、あけすけで信じられないくらいお腹が大きくなって、こけた頬に脇毛も伸び放題の17歳と、どちらも同じ言葉「愛する」で向かい合える。最初の欲望は同じかもしれない(俺専用の愛玩物)。だが、人はうつろう。特に女はだ。それを前提としてつきあうことと、変わった相手をむりやり受け入れようとすることは、まるで違う。
かつて劣情を注いだ"ロリータ"を見いだそうと残滓を漁る男と、ママの面影を漁るあまり近親相姦危険域を彷徨する男は似て非なる。人は変わる。己もだ。そいつを折り込んでいられる分、光の君のほうが一枚上手だな(しかし、変化を超えようとするハンバート・ハンバートのほうが健気だな)。
「女と男」の男目線から、"女に狂う"感覚をオーバーラップさせるなら、源氏とロリータは見事に重なる。あらゆる理性の壁をうちやぶって、もの狂おしく、せつなく求める心(でも性欲で説明がつかないんだよ不思議なことに)。
このトシになると、「わかんない方がいいこと」もしくは「知らないまま死ぬ方が幸せなこと」に入ってくる、"恋"についての回答が書いてある。解が空だと分かっても心配いらぬ、きっと「それは違う!」と言い切れる人が、あたらしい恋を生きることができるから。
受験生には勿体ない、エエトシこいた大人向けのファンタジー。

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