喩え先をまちがえると恐い「犬の心臓」
「わが国の首相は馬鹿で無能だ」と叫んだ男が裁判にかけられ、懲役20年の刑となった。1年は侮辱罪、19年は国家機密漏洩罪だそうな―――この小話、出所はロシアだが、ニッポンでも笑えるから情けない。
同様に、本書はソビエトの風刺なのに、ニッポンにも刺さってくる。さすが「巨匠とマルガリータ」のブルガーコフ、共産主義社会の不条理をグロテスクにあげつらい、どんちゃん騒ぎの馬鹿笑いに誘いこむ。人の脳下垂体を犬に移植する実験で、「人間みたいな犬」ができあがる。
ありえないSFだが、この犬みたいな人間をコミュニストのメタファーにすると、俄然、赤い笑いがこみ上げてくる。猫を絞め殺すようなプロレタリアートを生み出すのが革命なのか、「犬でもできる仕事」で一人前(一犬前か)を標榜できるのが共産主義なのか。移植手術したインテリ代表の医者と、もと犬だった人もどきと、そいつに肩入れするプロレタリアート代表が、三つ巴になって大騒ぎする。
当然、この人間もどきをコントロールできなくなって―――と、お約束の展開になるのだが、所詮犬畜生。役に立つなら人でなくてもいいし、立たないなら要らないよ、というコミュニズムの暗黙の了解を暴き立てる。ただこれ、コミュニズムじゃなくっても成り立ってしまう。特に、「世界で最も成功した共産国」なら、あてこすりじゃなくって"ありそう"な展開になる(妙な思想を吹き込まされて手ェつけられなくなったコクミンとかね)。
奇想の大胆さや強烈な風刺、加えて自由自在のカメラワークは、「巨匠とマルガリータ」が上手だが、「犬の心臓」は短めでマイルド。ダラダラ・ゲラゲラ読むのにいいかも。
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