嘘と統計を見抜けないと、経済は難しい「クルーグマン教授の経済入門」
日経新聞中毒症だったこともあり、経済は避けたい話題だった。なぜなら、嘘と統計の区別がつかないから。詐欺師と経済学者の区別がつかないから。その場のレトリックや明快さに騙されて、嘘に気づくのえらい年月を要するから。
日米貿易摩擦は"大問題"だったし、ユーロの"脅威"が取りざたされてた。自由化と規制緩和こそが"経済活性化の鍵"と言われてた。うすうす胡散臭さは感じてたものの、「なぜ」なのかを考えていなかった。新聞からはデータではなく、主張を読み取っていたから。とがった感情論や、借りてきたナショナリズムを振り回すことが「経済について議論する」ことだと取り違えていたから。
そうした思い込みを払い落とし、現象を解説する「経済学の使い方」が分かる。経済にとって本当に重要な問題は、「生産性」「所得分配」「失業」の3つだという。この観点から、巷を騒がす財政赤字や金融市場の問題を説き明かす。
たとえば、わたしの思い込み。「(米国の)貿易赤字、ジャパンバッシング、為替レートをなんとかしろ」という説。為替レートへの政治的発言に塗りつぶされていた新聞にハマり、悪玉善玉論に陥っていた。続々と船積みされる日本車の列とか、ラジカセをハンマーで叩き壊す映像とかね。
クルーグマン教授は、「為替レートは貿易のバランスを決定する重要なメカニズムの一つだが、それは独立して貿易バランスを決める原因ではない」という。そして、貿易収支が崩れているそもそもの原因は、為替レート以外のところにあると説明を始める。基本的に(米国の)貯蓄率の低下と、そこからくる資本の巨額流入により、貿易赤字が生じた経緯を説明する。
あるいは、レーガノミクスのからくり。小さい政府、減税、規制緩和による、産業の回復と低インフレは、口当たりのいいキーワードで知ったかぶってた。だが本書によると、「政治的な風向きは、政権党の知恵を示すものでもないし、マキャベリ主義の反映でもない。単に時期的にツイてただけ」になる。そのわけとして、インフレ退治のコストがいかに高くつくかを説明する。さらに、経済政策が、いかに政治的な思惑でゆがめられているかを知らされる。
必読は、第11章「日本」。日本構造障壁、"紛争"とまで煽られた貿易摩擦の仕組みを解説する。失われたン十年ですっかり影をひそめてしまったが、"日本をどのように見ていたか"が分かる。ただし、章の最後で「日本問題はあっさり消えちゃうかも」とツッコんだ通りとなって、笑ってしまう。クルーグマン教授が、"中国問題"についてどう語っているか、知りたくなった。
そう、話題が古いのは、書かれたのがずいぶん前だから。原著の初版は1990年、訳書は1997年だから、時の審判に20年以上もさらされてきたことになる。当時から予想される一番ありそうなシナリオでは、「経済的な大惨事も大成功もなく、単にただよい続ける」になる。原著のタイトル通り、わたしたちは、「期待しない時代」(The Age Of Diminished Expectations)に住んでいるのだ。
そして高齢化が追いついてくる。「2010年より手前のどこかで、押し寄せる年齢的な危機が、だれにでもはっきり見えるようになってくるはず」という。人口構成図は予想しやすいからね。年金支給額が、あっさり大幅に削られるのだろうかと振った後、引退者の政治的圧力から考えにくいと下げる。そして、「人口が高齢化するにつれて、有権者に占める引退者の割合も今よりもっと大きくなるってことをお忘れなく」と刺す。最近、「年金もらうような齢になったら選挙権を取上げようぜ」などと物騒な論を目にするが、いま・ここの危機やね。
「面白くてタメになる」エンタメ教養書として素晴らしいが、訳文が砕けすぎ。訳者・山形浩生氏に言わせると、原文のニュアンスに近いそうだが、いいこと言ってるのに、ふざけたような語り口にイライラさせられる。おまけに原注と訳注に同じ通し番号が振られているため、クルーグマンが書いたのか、山形が伝えたいのか分からなくなる。もちろん注記号で判別できるが、いかにもクルーグマン/山形がいいそうな文句なので、そのうちどっちでもよくなってくる。
ラストの番外編「日本がはまった罠」では、流動性の罠について、IS-LMモデルで説明する。最近、連邦準備銀行や日銀が舵を切りつつあるインフレターゲットを支える議論なのだが、書かれたのが1998年であることが驚きだ。正直いうと、よく分からなかった。最初に結論があって、そちらへ向かって数式を練っているような印象を受けたので、再読三読する。
「読んでタメになった」だけでは、自分の頭で考えていないという点で変わらない。鵜呑みの鵜匠を代えただけというのでは情けないので、もっと教科書的なやつからも攻めて、ツールを探してみよう。
嘘と統計を見抜けないと、経済は難しい。ペテン師とエコノミストの区別も、やっぱり難しい。わたしにとって、見抜くための最適な一冊。
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コメント
いいこと言ってるのに、ふざけたような語り口なのがクルーグマン。山形浩生はそれを忠実に訳してるだけだよ。ニューヨークタイムズのコラムを読めばわかる。
投稿: 名無し三等兵 | 2012.02.20 08:38
>>名無し三等兵さん
ご指摘ありがとうございます。道草さんの翻訳を読んでいるのですが、確かにざっくばらんな口調ですね。わたしの英語力だと、ふざけ度合いが分かるかどうか覚束ないですが、原文に挑戦します。
プレイボーイ・インタビュー:クルーグマンに聞く(道草より)
http://econdays.net/?p=6049
投稿: Dain | 2012.02.21 06:19