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料理はヒトの生存戦略「火の賜物」

 本書の結論は、「ヒトは料理で進化した」になる。

火の賜物 すなわち、ヒトをヒトたらしめているのは料理になる。ヒトは料理した食物に生物学的に適応したと主張する。体のサイズに比べて小さい歯や顎、コンパクトな消化器官、生理機能、生態、結婚という慣習は、料理によって条件づけられてきたというのだ。

 解き明かしの前に、問題を一つ。イギリスBBCのドキュメンタリーがある実験を行ったのだが、予想外の結果が得られた。その理由を考えてみよう。正答できるなら本書を読むまでもないだろう。

 実験名は「イヴォ・ダイエット」。重症高血圧の志願者が12日間、動物園のテントの仕切りで類人猿に近い生活を送る実験で、あらゆるものをほとんど生で食べたのだ。「イヴォ」とは、この食生活により進化(evolve)したからという意味。

 食べたものは、ピーマン、メロン、キュウリ、トマト、ニンジン、ブロッコリー、ナツメヤシ、クルミ、バナナど50種を超える果物や野菜、木の実になる。2週目から脂分の多い魚の料理をいくらか食べた。栄養学者が立会い、毎日の摂取カロリーが女性で2000、男性で2300キロと充分になるよう調整している。

 参加者の目的は健康の改善であり、全員成功した。コレステロール値は1/4下がり、平均血圧は標準に落ち着いた───のだが、ひとつ、予想外のことが起きた。参加者の体重が大幅に減ってしまったのだ(平均4.4キロ減)。これはなぜだろう?

料理の四面体 答える前に、料理の本質を考えてみる。「料理の四面体」で興味深い指摘を受けた。英語のcook、仏語のcuisineの本来の意味は、火を通したものという。翻って日本語の「料理」の本来の意味は「うまく処理すること」───これでは分かりにくいので、料理をする人「板前」で考えている。「板前」とはまな板の前だから、切ることが料理の本質だというのだ。すなわち料理とは、切って火を通すことになる。

 何のために切って火を通すのか?見栄えの華もあるが、食べやすくするため、おいしく食べられるようにするために、「うまく処理する」のだ。口や歯に合うよう、コンパクトな消化器官で吸収できるよう、消化プロセスを外部化する技術こそが料理なのだ。

 料理によって消化・吸収しやすくなる。加熱により澱粉がゲル化し、タンパク質が変性して、あらゆるものが軟らかくなる。料理は食物から得るエネルギーの量を実質的に増やしてくれる。

 だから、「イヴォ・ダイエット」の答えはこうだ。体重減の理由は、料理されてない食物を消化するために、必要以上にカロリーを消費していたから。さらに、料理していないため、食材からカロリーが予想よりも得られなかったためだ。

 著者は指摘する、ヒトの小さな口、歯、消化器官は、料理した食物の軟らかさ、食物繊維の少なさ、消化しやすさにうまく適応している。コンパクトなことで、繊維の多い食物を大量に消化する代謝コストを払わなくてすむ。軟らかく高密度の食物を噛むのに大きな口や歯は必要ないし、料理したものを食べるに適した弱い咀嚼力を生むには、小さな顎の筋肉があれば足りる。料理を始めた者たちはエネルギーをより多く得て、生物学的に優位に立った───これが著者の力点になる。

 そこから面白い考察を進める。体重あたりの代謝率は、ヒトも他の霊長類も変わらない。料理とそれに適応した器官により、効果的にエネルギーを吸収するしくみがあるにもかかわらず、基礎代謝率が同じ。では、余分に取っているエネルギーはどこへ行ったのか―――脳が消費しているのではと仮説を立てる。

 そして、小さい胃腸を持つことで節約できるカロリーを計算し、それが大きな脳に求められる追加のカロリー量とほとんど一致していることを示す。エネルギーは、脳と胃腸でトレードオフしてたんやね。

 著者はさらに、料理は男女の役割分担をうながし、結婚形態や社会構造を条件づけたと論じる。この畳みかけは小気味良いが、「男は外・女は内」は料理を中心とした進化史上のもの……とは、イロイロ物議を醸しそうだ(だからといって、今後もそうあるべしというのは別の議論)。

 食べ物がどんどん軟らかく加工され、より吸収されやすくなり、歯がどんどん小さく顎が弱く胃腸がコンパクトになる……のだろうか。たとえば、「ソフト食」が高齢者向けから一般化しそうだ。これは食材をいったんマッシュして、元の姿に再形成したもの。誤飲の恐れのあるきざみ食や、病人食のようなミキサー食とは違う、軟らかいけれど形がある食材として人気がある(端肉を再形成したサイコロステーキを想像して)。そこまでくると、「料理」とはちと違うのかもしれぬ。

 料理を通したヒトの肉体的・社会的な成り立ちを知る一方で、料理を通じたその先を考えると、ちと怖い一冊。

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