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料理を好きに自由にする「料理の四面体」

 読んだら覚醒した。料理が好きに自由になるスゴ本。

 たとえばオレンジページの「絶品ベスト20レシピ」があるとしよう。すると、その20品しか作れない。20だって凄いのだが、いかんせん替えが利かない。食材や調味料が欠けると作れない。つまり、わたしにとって料理とは、「レシピ通りに切ったり火を通すプロセス」に過ぎなかった。

 それだけでない。実は、本書に出会う前に、衝撃的な料理を食べた。

 一つは「大根のコンソメ煮」もう一つは、「白菜サラダ」だ。「大根のコンソメ煮」は、面取りした大根をコンソメスープでひたすらぐつぐつ煮込んだやつ。「白菜サラダ」は適当に切った白菜にドレッシングをかけたやつ。

 なんだぁフツーと言うなかれ。わたしがガツンとやられたのは、「大根は出汁+醤油か味噌で」「白菜は鍋物」しかなかったから。大根とは根菜だから人参や玉葱と一緒だから、コンソメ煮も美味しい。白菜とは葉物だからサラダになる←そういう発想がなかったことにガツンとやられた。クックパッドかレタスクラブあたりでこのレシピに出会ったら驚かないだろうけど、問題は、その発想に驚いているわたし自身にある。

 そして、本書のトドメの一撃になる。

 料理とは、振付け通りに踊るキッチンのダンスにすぎず、料理上手とは、いかに振付けを完璧に再現できるかだと思い込んでいたわたしは、この薄い文庫で、木っ端ミジン切りにされた。

 本書の本質はこうだ。要するに、料理ということは、道具や調味料の差異はあれ、「空気」「水」「油」という要素が「火」の介在によって素材をいろいろな方向へ変化させることだと喝破する。それぞれを頂点とした四面体を考案し、あらゆる料理はその四面体のどこかに位置するというのだ。そして、ある料理が占める一点を動かすことにより、違った形の料理へと導くことができるというのだ。

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 この四面体を腹に落とすために、世界中のさまざまな料理の「本質」を換骨奪胎(文字通り!)してくれる。冒頭の「アルジェリア式羊肉シチュー」が、「コトゥレット・ド・ムトン・ボンパドゥール」に変換され、さらに「ブフ・プルギニョン」から「豚肉の生姜焼き」に一気通貫する様は鳥肌モノ。

 それぞれの皿の相違点ばかり見つめていると、それらの料理は相互に関連のない別物になる。だが、本質を射貫くと、実はひとつの料理なのだということが分かる。ひとつの本質が、時と所に応じて風土ごと様々に異なる姿を見せているだけなんだということに気づくと、次の料理が格段に広がってくる。言い換えると、料理のレパートリーが、ぱあっと広がる。料理の一般原則を「手が探し当てていく」状態になるのだ。

 そうすると、経験から類推したケースが「いま」「ここ」の目の前に当てはめて、どう「入替え」「アレンジ」していくかの話になる。もちろん唐揚げをチキン南蛮か油淋鶏にするぐらいの頭はあるが、唐揚げをフリッターや「グルテン質で肉汁を閉じ込めた料理」にまで抽象化するようになる。料理本はインスピレーションのヒント集になる(もちろんレシピ通りにつくるワケない、味強すぎるから)。そうした"年季"が要る仕事が、一冊で手に入る。オーソドックスに時間かけて試行錯誤するよりも、これ読むほうが特急電車ナリ。

 ただし、料理を職業とする人からは、かなりの酷評をもらっているらしい。料理の原理原則に迫るあまり、枝葉をバッサリ斬ってるから。確かに牽強付会じみている(でも本質)なトコもあり、干物とは太陽に炙られたグリルだといい、サラダの語源が「塩味がつけられたもの」だからあらゆる料理はサラダになるという。著者も分かっているようで、「料理の原理は簡単だ、といったのであって、料理をつくることが簡単だといっているわけではない」と弁解しているのが可愛らしい。

 また、この「料理の四面体」で全ての料理を包括できると言い切るモノの、人類が冷蔵庫を手に入れてから発明したデザート、「アイスクリーム」が入っていない点や、煮こごりといった、(室温より)マイナスの温度を応用した料理が入っていないなど、穴もある。しかし、だからといって本書の価値はいささかも減らない。

 なぜなら、料理の本質は、「おいしくする」そのものにあるのだから。そしてそのプロセスは、何億回もくり返されて「見える」状態になっているのだから。プロフェッショナルではないわたしにとって、料理とは、「組み合わせ」なのだから。

 選んで、育てて、頼りたいスゴ本。

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