夫必読「しんきらり」
妻の気持ちを思いやる助けとなる。未婚の男性なら、「部屋とワイシャツと私」が十年たつとどうなるか? を想像するのに役立つ。読者は女が多いらしいが、むしろ男が読むべき。
結婚して十数年、わたしと嫁さんの距離はどんどん変わってきた。カイシャやネットのそれぞれの「場」で人格を使い分けるように、二人の関係は切り替わるように変わっている。子育てなら戦友、目が離せない年齢の現場は戦場そのもの。生活面ならパートナー、分担した家事を見直すときは、ルームシェアしているようにドライだ。趣味なら親友、読んだ本のオススメ合いや、深夜アニメで夜を徹したり。
キレイごとばかりではない。「これ以上言ってもムダ」と飲み込んだ、まさにその言葉をぶつけてくる。相手の感情をかき乱すゲームなら、世界一優秀なプレイヤーを前にして、怒らないよう自制するのは難しい。あきらめと口惜しさを感じながら、全く同じ感情を相手も味わっていることに気づく。「喧嘩しても寝る前までに仲直りしましょう」なんてアドバイスがあるが、無理だよ。
寄り添ったりすれ違ったり、拒絶されたり頼られたり、生活を伴にすることはかくも難しい。子どもが小さいうちなら、「子ども」メインで語ればいい。だが、子は成長する。家の外で過ごす時間が長引くにつれ、「ふたり」の時間が相対的に長くなる。夫婦という間柄は変わらないのに、その中身がどんどん変わっていく矛盾。
そういう日常風景を描いているのが、本作品。夫婦の亀裂が広がる瞬間を、ヒヤリと鋭く描く。そのとき妻が何を思い、どう堪えている(あるいは吐き出している)かが、見える。会社という避難所に逃げ込む夫を卑怯だと思い、家庭という入れ物に取り残されているように感じる。日常をつくろいながら、夫への不信と忌々しさをあぶりだす。
子どもが成長し、手がかからなくなる。それは嬉しい反面、母という役が薄らいでいることに気づいて不安になる。夢とかロマンとか許されるのは男であって、現実をつきつけられて夢を見れなくなっているのは女だと怒る。「ツマやコみたいな"あてがいぶち"もらうと、もう恋愛なんかしちゃいけないっていうのが、常識になるのよね」とうそぶく。その独白は隣で聞いているように生々しい。
結婚生活に
過大な期待をもたず
ただ平和な日々が
おくれたらと
ささやかな…
夫婦が長く平和に…
という望みは
「ささやか」な望みなんかじゃ
なかった
こんなに激しい夢って
なかったんだ
「こんな夫じゃないよな、オレ」と弁解しながら、読む。どうやらこの夫、「夫は会社、妻は家庭」という昔の考えだったようだ。家事は一切やらず、休日はゴロゴロ。あたりまえだ、本作が描かれたのは30年前だから。それでも、彼が押し殺している不安も明らかになる。妻が「妻という役」をしなくなったらという懸念、自分が不要になるのではないかという動揺が、「夫という役」に固執させるのか。
「関係は変わっていくもの」、これを知っている分、わたしは、この「夫」より不安を感じずに済む。すいすい水面を滑る水鳥は、水面下では必死に足をかいている。「夫婦」という間柄はそのままだが、その関係は変わっていくのだから。夫婦関係とは、ささやかで、激しい関係なのかもしれない。
本書は、松丸本舗で「呼ばれた」一冊。いい選書、ありがとうございます。
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