愛するということは、おたがいに顔を見あうことではなくて、いっしょに同じ方向を見ること「人間の土地」
傲慢で独善、だが羨ましくてたまらない。
読んでいて、何度も妬ましい炎に焼かれる。サン=テグジュペリはあらゆる乗り物が果たせなかった、速度と高度を得ただけでなく、その高みから観察する目と、見たものを伝える言葉を持っていたのだから。
たとえるなら、究極に達したアスリートかアストロノーツが還ってきて、自分のセリフで批判を始めたとき、わきあがる嫉妬の痛み。一つ一つわたしの胸に刺さる言葉は、究極からの帰還者だから吐けるのか、究極への到達者だから見いだせるのか、分からない。分かるのは、わたしには絶対たどり着けないことだけ。
サン=テグジュペリはこんなセリフを吐く、「愛するということは、おたがいに顔を見あうことではなくて、いっしょに同じ方向を見ることだ」。名言として知ってはいたが、まさかサン=テグジュペリが、しかも「人間の土地」で述べていたとは。しかもこれ、両想いの男女のことではないのだ。
このセリフは、路を失い、砂漠に墜落して、それでも奇跡的に助かった彼と僚友のエピソードから酌みだされる。航路から外れており救出隊は絶望的だ、食糧は燃え尽き、水は砂漠が吸ってしまった。2人は生きるためにあらゆる手立てを尽くそうとするが、ことごとく失敗する。渇きに声を失い、幻覚が見はじめ、死まであとわずか。2人のあいだに、一種の"希望"のように横たわるピストルが不気味だ。
そこで、残骸の中から一果のオレンジを見つけるのだ。すぐさま2人で分かちあう。そして、死刑囚の最期のタバコのように味わう。そして、進むために、もう一度立ち上がる。同じ運命に投げ込まれ、ピストルやオレンジを前に顔を見合わせることも可能だ。だが、彼らはそうしなかった。東北東に進路をとって、歩き続ける。この名言は、生死ギリギリのところから酌みだされた美酒なのだ。
サン=テグジュペリはこんな言葉もいう。「完成は、付加すべき何ものもなくなったときではなく、除去すべき何ものもなくなったとき、達せられる」。これも彼の言葉とは、本書で出会うとは思わなかった。速度と高度にしのぎを削る時代、まだまだ飛行機は洗練から遠かったはずだ。そんな中、彼は、発達の極地に達したら、機械は目立たなくなるというのだ。発明の完成とは、発明の忘却と踵を接しているのだと。なめらかな光沢をもつiPodを見ていると、しみじみと迫ってくる。目的=デザインが完全一致したとき、それは完成に至る。
いっぽう彼は空を見上げ、この新しい"玩具"が野蛮人の子どものためのものに堕しているという。高さと速さを目指す、飛行機競争なのだ。そして競争のほうが、さしあたり、競争の目的より重要視されているのだ。宮崎駿の描く、多くの"空を飛ぶもの"がそれだ。飛距離、貨物量、攻撃性能が次々と付加された飛行機械たち。唯一、目的=デザインが一致しているものは、わたしの知る限り、メーヴェになる。
こんな風に、サン=テグジュペリは、砂漠に隠してある井戸をつぎつぎと指差す。「他人の心を発見することによって、人は自らを豊富にする」や、「他人にはわからないのだ。彼が遠近法を変えて、その最後の時間を人間の生活となしえたことが」など、世界の、人の美をつぎつぎと再発見する。まさに、「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目には見えないんだよ」というキツネとして、彼が見たものを伝えてくれる。
たとえ、どんないそれが小さかろうと、ぼくらば、自分たちの役割を認識したとき、はじめてぼくらは、幸福になりうる、そのときはじめて、ぼくらは平和に生き、平和に死ぬことができる。なぜかというに、生命に意味を与えるものは、また死にも意味を与えるはずだからその、"かんじんなこと"は人により、年代により、違う。わたしが20代なら、大儀に尽くすヒロイズムさに撃たれたかもしれないが、オッサンになった今は違う。生あらばこそ、なくば犬死(そしてその数のなんと多いことか)と、むしろ哀れむ。そして、還ってこれたことを一緒に乾杯してやりたい、肩をたたいてやりたい。
そして言ってやる、「生きることに意味はない」ってね。意味を与える行為は崇高だし否定するつもりはない。だが、わたしたちは、ただ生きることしかできないってね。生きることを、他のこと―――記録だとか理念だとか英雄的行為といった「生きる」以外のことで意味づけしても、生きる意味は「ただ生きる」しかない。意味づけが活かされるのは、その人が死んだときだ。死後の名声が気になるなら殉ずるがいい、だがそれは「あなたが生きる」ことではないんだよ、「あなたが生きたこと」なのだ、って言ってやる。
これは、再読のたびに味わいが変わってくる美酒。「星の王子さま」だけじゃもったいない、実践となる一冊。
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