「がんの練習帳」で予習する
いきなり初体験はキツい。だから練習・練習。
受験であれ性交であれ、結婚であれ親業であれ、人生は初めてに満ちている。そして、初めてのときはドキドキ(ワクワク?)するもの。いざ本番になって慌てないように、予行演習をするのだ。過去にさかのぼるように赤本を解いたり、暗闇でコンドームを(裏表をまちがえずに)装着したり、さまざまなな「予習」を積んできた。
今回は、「がんにかかる」予行演習をする。日本人の2人に1人はなるといわれており、目耳ふさいで知らんぷりにはムリがある。受験や性交と違って、突然・唐突・直接だから、準備なしの初体験は危険でもある。「あのときに訊いておけばよかった」とか「あんなガセに振り回された時間が…」というのが、ずっと後になって分かるから。もちろんそうなったら、ショックを受けるだろうし、かなり慌てることは間違いない。しかし、予習するとしないとでは雲泥だ。受験や性交がそうだったようにね。
さらに、自分に限らず、パートナーや近しい人がなった場合のシミュレーションにもなる。たいていは、ショック→なんで私が(怒り)→ネットで検索しまくり→サプリや民間療法に取り込まれる構図のようだ。その良し悪しはともかく、「主治医とのコミュニケーション」が鍵になる。
本書は、患者とその家族の目線からみたケーススタディ集だ。人生のさまざまなステージで「がん」と出会い、どうやって乗り越え/付き合い/闘ってきたかの演習になる。予防から告知されたときの心構え、検診や療法選択のコツ、費用から最期の迎え方まで、すべて「練習」できるぞ。もちろん具体的な療法や症状は人さまざまだが、どうやって「がんとつきあっていく」かを考える羅針盤になった。
練習の中で、わたしのがんに対する態度が変わってくる。定期検診での早期発見は「めでたい」ということや(米国では"Congratulrations!"と祝うらしい)、飛び散ってしまった場合は「室内から屋外へ逃げた鳥を捕まえるようなもの」など、"がんを視る目"が変わってくるのだ。「どんなに気をつけても"なる"ものだから、定期健診は保険と思え」なんて発想は目を引いたぞ。
「練習2」のサラリーマン40男の事例は切実だ。「治療費は?期間は?」や「会社へどう対応する?」といった気になる疑問をトレースしてくれる。もちろん症例によって費用も期間も様々なので一概にいえないが、それでも先達の跡は参考になる。著者は、こうした事例を収集し、療法を評価する「がん登録制度」の提案をする。プライバシーを保護しながら、診断情報、治療方法、結果を登録し、分析する仕組みで、「過去の患者さんからの贈り物」だという。
こうした取り組みをやってない方がオドロキだった。全国統一的なものではなく、都道府県ごとにまちまちなのが現実らしい。某党のマニフェストには「法制化」を謳っていたが、翌年には消えてしまったとチクりと刺す一文もある。
著者は強調する、「どうせ一度は死ぬ身ならば、何で死ぬのがいいか」を。日本人がピンピンコロリを望むのは、死の恐怖と向かい合う時間が短ければ短いほどよい、と思っているからだという。いっぽう、がんで死ぬということは「ゆるやかで、予見される死」を迎えることを意味する。これを、「死刑執行までの期限」と考えれば恐ろしいが、「人生の総仕上げ」の期間と捉えれば、まったく別のものになる。「練習6」の「余命3ヶ月と言われたら…」は、この視点の転換のトレーニングとなった。
最後に。在原業平のこれを思い出させてくれてありがたい。そして、「最高の人生の見つけ方」という映画を教えてくれて感謝。余命6ヶ月を宣告された主人公が、人生でやり残したことを実現するために旅に出るというお話らしい。がんを覚悟する生き方で紹介した、「死ぬまでにしたい10のこと」の爺版みたいだな。
つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを
(いつか死ぬとは分かってたけど、こんなにすぐとは知らなんだ)

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コメント
こんにちは。はじめまして。よく交通事故などで突然亡くなるよりガンのほうがある程度まわりの人たちも本人も準備できるので良いといいますよね。私は父が倒れ会話が出来ない状態になっているので、内臓の病だったらお見舞いにいって話すことができたのに…と思ったりもします。言っても仕方のないことではありますが。
私も本を読むのは好きなので参考にさせていただきます。ありがとうございました。
投稿: オスカー | 2011.06.03 15:22
>>オスカーさん
コメントありがとうございます。
本書を読んでから…どうせ死ぬのなら、死に方を選べないのなら、死ぬまでの時間を「選ぶ」ことができたらなぁ…と思うようになりました。
死ぬまでに読める本も限られています。イイのがあったら、ぜひ教えてくださいね。
投稿: Dain | 2011.06.03 21:26